石段を上がり左折し少し歩くと、目の前に「馬籠宿」の街並みが見えました。直進すると「馬籠宿」に入って行きますが、その前にこの左手にある広場(馬籠宿展望台)に寄ることにしました。
この展望台は、2005年、馬籠宿が中津川市と越境合併したことを記念して作られたもので、この石碑には、合併の経緯が簡単に書かれていました。それによると、もとも馬籠宿は「美濃の国」でしたが江戸時代の初めに「信濃の国」になっていたそうです。(*_*)
展望台の一角にある東屋です。「馬籠上陣場」と書かれた看板が掲げられていました。
この展望台がある一帯は「陣場」といい、小牧長久手の戦いのとき徳川勢が馬籠城を攻めるためここに陣を敷いた史実からきているようです。
展望台には数基の石碑がありましたが、これはそのうちの一つ「島崎正樹歌碑」です。正樹は島崎藤村の父で、この石碑は正樹自筆の掛物を原寸大で石碑にしたものだそうです。
その他「双体道祖神」や「島崎藤村」の碑もありました。「藤村」の碑には
”心起こそうと思はゞ先づ身を起こせ”
と刻まれています。「ニーチェの言葉」のようです。
この展望台から「恵那山」がよく見えるはずなのですが、先ほど見えていた「恵那山」が見えなくなっていました。展望台から見た「恵那山」を撮ろうと思っていたのですが諦め、(ノ◇≦。) 石畳の道を下り「馬籠宿」に入っていきました。
石畳を下り始めるとすぐ左手に「高札場跡」があり、高札が復元されていました。
「高札場」の前の蕎麦屋さんの店先に高さ4mはあろうかと思われる大きな道標がありました。「中山道馬籠宿 京 五十二里半 江戸 八十里半」と刻まれていました。
県道7号線を横断するといよいよ「馬籠宿」のメインストリートが始まりましたが、宿場全体が北から南にかけて緩やかに傾斜していました。
妻籠宿と同じく「特別風致保存区域」に指定されており、
(1)外部資本に売らない、貸さない や (4)建物の外部構造は「構造指針」に沿うこと や (9)旅館、飲食店、土産品店は午後十時までに閉店すること
と9ケ条の決議がなされています。
県道を横断してほどなくして右手にあった「無料休憩所」です。休憩所も趣があります。(*^.^*)
更に1分弱歩くと、右手に「馬籠脇本陣資料館」が見えてきました。
「蜂谷家」が務めていた「脇本陣」は、明治28年の大火で焼失してしまいましたが、その跡に建てられたこの資料館には、脇本陣最高位の部屋「上段の間」が当時のまま復元されており、また使用した道具や被服類も展示してあり、江戸時代における上流社会の文化が紹介されています。

「資料館」の玄関脇にあった「山口誓子」の歌碑です。山口誓子は京都生まれの俳人で、「ホトトギス」の同人として昭和初期に活躍しました。石碑には彼女の自筆で
”街道の 坂に熟柿 火を点す 誓子”
と刻まれています。
「資料館」の隣に「大黒屋」の大きな建物がありました。現在はお土産・お食事処ですが、かっては造り酒屋で、軒先に下がっている「杉玉」にその面影をうかがえます。「大黒屋」10代目が書いた「大黒屋日記」が島崎藤村の「夜明け前」執筆のきっかけになったと云われています。
「大黒屋」の隣に馬籠宿で一番有名な「藤村記念館」がありました。入口の標柱に「博物館相当施設 藤村記念館」と書いてありましたが、「博物館相当施設」とは何なのでしょう。(;^_^A
ここは島崎藤村の生家で、「本陣」を務めていました。「記念館」には藤村に係る資料の展示や明治の大火で焼失を免れた祖父母の隠居所の公開などが行われています。
ちなみに妻籠宿の脇本陣林家に嫁いだ藤村初恋の相手「おふゆさん」は隣の「大黒屋」の娘です。(*^.^*)
「藤村記念館」の少し先右手に「馬籠郵便局」がありましたが、今はほとんど目にすることもなくなった「丸いポスト」が似合っていました。ここの窓口では「藤村記念館」の消印を押してもらえるそうです。
「馬籠郵便局」の少し先右手に民宿「但馬屋」がありました。ここにある「囲炉裏」は100年以上前のものだそうです。
「但馬屋」から少し下がった左手に「清水屋資料館」がありました。清水屋は島崎家とともに宿場役人を務めた「原家」で、藤村の作品「嵐」に出てくる森さん(原一平)の家です。この記念館には藤村の書簡、掛軸、写真などをはじめ、江戸時代に宿場として栄えた頃よりの「馬籠宿」の生活文化史ともいえる数々の遺品が展示されています。
「清水屋資料館」の数十メートル先に「桝形」と呼ばれる場所がありました。どこの宿場にもある防御上道路を曲げた場所です。新しく道が整備されたため分かりにくいですが、右に少し見えている階段状の道が旧中仙道の「桝形」です。
「桝形道」のそばには「水車」や「常夜燈」があり、当時を偲ばせます。
「桝形」を左折し「車屋坂」と呼ばれる坂を下ると正面に「阿彌陀堂」がありました。京都大原三千院ゆかりのお堂だそうです。
「阿彌陀堂」の前を右折すると県道7号線にぶつかりますが、ここが「馬籠宿」の京都側の入り口になります。
























