本日歩き始めてから約1時間半、次の目的地松井田宿に向かってもうひと頑張りです。
上の道標を過ぎ6、7分歩くと右手の少し高くなったところに、赤い屋根のお堂が見えてきました。「八本木地蔵堂」です。お堂の中には日本三地蔵(新発田、八本木、壬生)の一つとして崇敬を集めているお地蔵様が安置されており、霊験あらたかな秘仏として、百年に一度ご開帳されるそうです。
お堂の横に「聖徳太子像」がありました。地蔵堂にあるため、最初はこれが八本木地蔵かと思いましたが、そばにある説明板によると聖徳太子像でした。高さ1.95mで上段に「天保六年歳次未冬11月、信州伊奈石工講中、満福寺現住俊澄代」と書かれているそうです。
聖徳太子は、法隆寺建立など寺院建築史上でも大きな存在だったため、建築関係の職人の信仰対象になり、職人たちの守護神として早くから崇められるようになり、各地に「太子像」が作られるようになったそうです。
地蔵堂の向かいに「八本木旧立場茶屋」の跡がありました。現在は当時の建物は残っていませんでした。
しばらくすると、右手に大きな「コインランドリー」があり、その前に「道祖神」がありました。コインランドリーの向かいのお店の駐車場に自動販売機があったので、ここでお茶を買い一休みです。
一休みして元気を回復したところでまた歩き出し4、5分すると「八本木戸長役場跡」の案内板がありました。ここの原市の戸長役場跡と同じく普通の民家になっており、当時を偲ばせるものは何もありませんでした。
旧街道沿いには不似合いなしゃれた洋菓子屋さんがありました。
このあたりの道路の電柱は、道路敷ではなく民地の中に設置されています。そのため通行が非常にスムーズです。また道路のところどころに右写真のようなポールが建てられており、ドライバーがスピードを出しにくいよう工夫されています。
地元の人の信仰のあつさを伺わせる道祖神がありました。手入れされているようです。
この辺りの旧中山道はほぼ東西に続いています。一方地形は南の碓氷川に向かいなだらかに傾斜しているため、道路の北側の住宅は、石積みをすることにより道路より一段高くなっています。
馬頭観音がありました。荷役や農耕に多くの馬が使われていたのでしょう。
パチンコ店ダイナムの手前に「日枝神社」がありました。現在の社殿は明治44年に再建されたもので、社殿の前面に神楽殿があり、くぐって参拝する様式は珍しいそうです。
道祖神と並んで「百香供養塔」がありました。意味はよく分かりませんが供養塔の一種なのでしょう。
ここから松井田宿まで2.9Kmです。
旧中山道は再び国道18号線に合流し右折します。
国道のとの交差点の反対側の茂みの中に「常夜灯」が見えました。「郷原の妙義道常夜燈」と呼ばれています。
常夜灯の横には「道祖神」もありました。大きな道祖神です。
この常夜灯は、文化5年(1808年)に碓氷郡郷原村を中心とする「妙義講」の人々が、当時原市村に仮住まいしていた信州伊那の石工「向山民吉」に建立させたもので、もとは現在地から約50m東方の中山道から妙義道への入り口にあったそうです。
国道18号線の歩道を数百mほど歩くと、旧中山道はまた国道18号線を外れ左の坂を下っていきます。
つづく


















