こどもだけに限らず、人を教えることになると、おそらく最初にぶつかる壁が、「怒る」ことと「叱る」ことの違いが何か、ということではないでしょうか。
私は学童保育士として、後輩たちにこどもたちとの関わり方を指導するようになると、どんな人も必ずこの壁にぶつかっているのです。
ということはきっと、教育を志してきたみなさんもきっと同じようなことで悩んだことがある…ということで、個人的な考えをまとめてみました。
…
◼︎「怒る」と「叱る」の違いとは?
まず尋ねるのはこの質問です。
そうすると大体の人々から、「怒る」は自分の感情をぶつけること、「叱る」は秩序立てて言い聞かせること、というような趣旨の答えが返ってきます。
そこで次の質問を。
◼︎では「怒る」と「叱る」とではどちらが優位か?
と聞くと、大体の人が「叱る」方が優位だと答えます。
秩序立てて理性的に言い聞かせることの方が大切だから、というよう風に答えてくれます。
と、ここで最後の質問。
◼︎では、「怒る」と「叱る」とでは、「叱る」の方が大切か
これを聞くと、そうだ、と答えます。
果たしてそうでしょうか。
私はこどもを教え導く上では、どちらもとても大切なことではないかと考えます。
「怒る」ことでこどもたちには、怒っている人にとってそれだけのことをした、この人はこのラインを越えたら怒られる、ということを学ぶだろうし、「叱る」ことで、なぜそうなったか、を理性的に理解することができるだろうからです。
「怒る」ことで秩序を、「叱る」ことで考えの道筋を示すことができる、と私は考えています。
ただし、「怒る」ことが過ぎるとこどもたちに恐怖を与え、「叱る」ことが過ぎるとこどもたちの頭ではついてこれなくなることも考えられます。
手っ取り早いから、と怒ってばかりではこどもたちから信頼されませんし、くどくどと長くお説教をしてもこれまたこどもたちからは信頼されません。
要はどちらもうまく組み合わせてこどもたちと向き合うことが大切なのではないか、ということです。
ただし、どちらのカードをつかうにしてもよく考えて使わなければならないと思うのです。
考えに考え抜いて、相手に伝わるような工夫を凝らすことが大事なのではないでしょうか。
この「考えに考え抜く」というプロセスをすっ飛ばして怒っても叱っても、なにもこどもたちには響かないのではないでしょうか…
という話までをすると、なんとなく後輩たちは理解してくれるようです。
ただし厄介なのは、「考えに考え抜く」ことの方法は人それぞれだ、ということです。
だから、仮に私が「こういう風に考えたらいいよ」といっても、それは私という人間のバックボーンがあるから私の方法がうまくいくわけで、私が誰かのマネをしてもうまくいきませんし、誰かが私のマネをしてもうまくいけません。
だから早く自分流を見つけよ、と後輩たちには話します。
その試行錯誤のプロセスで誰かのマネをしてみるのはとても大切で、後輩たちにはいろんな人のマネを推奨しています。
そこからいろいろな教訓・経験を引き出せるようになれれば、もはや「怒る」と「叱る」の違いで悩まなくてもよくなるはずです。
…
長くなりましたが、要は…
1.「怒る」も「叱る」もどちらも必要
2.でも、どちらも考えに考え抜く必要がある
3.自分流を作り上げるために、マネも必要だが、マネで終わるな
この3点に絞れるのではないでしょうか。
なんてエラそうなことを長々と書きましたが…
皆さんが「怒る」と「叱る」の違いについて考えるキッカケになれば幸せです。
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