自然体で生きる
自分に正直に
ピュアな心の世界を創る
ニャオこです
な~んて言ってたりしても
半世紀も生きてこりゃ
ニャオこにも
ネガティブでダークな部分は
めちゃくちゃあったりした
子どもの頃は、とにかく
人見知りや内気さが際立ち、
何を考えてるのかわからないような
子どもだったらしい
そら、
頭の中で空想を膨らませてたから、
親もわからなかったかもね
それに、
子どもの時から
拗ねたり怒ったり
できなかったからね・・
母から
「みっともない」と突き放される
と思うと感情が怖くて
出せなかった・・![]()
表面上は、子どもなりにも
なんとか平気なふりして
誤魔化そうとするんだけど、
怒りや悲しみ、反発が
心の奥で渦巻いていた![]()
ネガティブでダークな心
そんな心見せられないから、
限界がくると
安全防空壕の様な
布団にくるまって泣いた
行き場のない感情
布団の中の暗闇に眠りながら
溶かした
どうしても、
母に直接怒ったり、泣いたり
拗ねたりはできなかった
思春期には、
反抗的な態度は、
漏れ出していたけれど、
わたしの思いや気持ちが拾われる
気は、しなかった…
受け止めて欲しかったけど、
上手く伝えられなかったなぁ、、
、、
気づいて欲しかったんだよね…
わたしのネガティブでダークな部分も
まるごと知って欲しかった
雨の日、、
ふと思い浮かぶ光景がある
ある雨の日、
母から手を繋ごって差し出された
手を握った
嬉しかったような、、でも、
なんだかドキドキしてしまったような…
幼い子どもが母親と手を繋いで
ドキドキするようなことって
あるのだろうか。。
「雨ふり」の歌をうたった
嬉しいけど、なんか緊張していた
なんでだろうな、、、
あまり、母とスキンシップした
記憶がないからなぁ
覚えてないだけだろうか…
自分から母に泣きついていったり
甘えたりすることができなかった
だからか、
息子には、よくこっちから
抱きしめにいった
でも、ADHD息子は、
スルリとわたしの手から抜けだし
よく逃げて行った
そんな息子をいつも追いかけている内に
あっという間に大きくなり、
抱きしめられない年齢になった
夜の雨音を聞きながら、
ふと、遠い昔のことを思いおこしていた

