世界は、お正月を穏やかにそして晴れ晴れと迎えようと
気持ちを逸らせ、家族や親戚の帰郷の再会に
目を輝かせ、ご馳走と笑い声で華やかせながら
大晦日の年越しのカウントダウンを楽しむ。




そして
そんな人の思惑や都合で捨てられた犬猫たちは
保健所の拘留部屋で、一人ぼっちで体をブルブル震わせ
じっと冷たい床を見つめながら、わが身の命のカウントダウンに
涙をこぼす・・。





この二つを想像するのは、滅入るかも知れない
この二つを比較するのは、つまらないかも知れない
不幸な現実と幸せ気分の現実は重なるはずもなく
いつも(幸せ側)にいるニンゲンにとっては、この二つは
差異が大きすぎて(不幸側)のことを理解すら出来ないのだ。




それも現実かも知れない・・。

(思いやり)という言葉がある
(いたわり)という言葉がある

建前や見せかけでは伝えることの出来ない、見返りを望まない
気持ちがこの二つの言葉にはある。

大切な人を大事にするのは、突き詰めれば(自分が可愛い)からだ
動物や自然に思いやりや慈しみを持てないのは(自分が冷たい)からだ



個々の人間形成を評価しても意味はなく
(自分が大事)だからこそ、動物や自然を愛する気持ちを
備えなくてはいけないのでは、ないだろうか。

今年も、そしてこれからも続くであろう
二つのカウントダウン



365日続いて行く(幸せ側)と(不幸側)

人間社会がおざなりにしているこの構図と現実は
私たちの空気のような愛の尺度と破滅して行く未来の予想図
に、ならない為に・・。



一般財団法人 ワンダブル