先日、『マザーウォーター』を観た記事を書きましたが、
今回は視点を変えてみたいと思います
【京都が舞台なのに、京都の言葉や人が出てこない】
これは、撮影場所が京都だっただけで、作品の舞台は京都ではないのかもしれません
どこかの街、どこでもない街、どこにでもある街・・・
そんな街が舞台だとすれば、あえて京都の言葉を出さなかったのかも・・・
【ストーリーが無い】
これが一番気になったのですが、
映画の上映時間内で考えてみると、ストーリーに乏しいのは事実なのですが
作品の中の人物が、もし現実として存在するならば、
個々の人生に『ストーリー』が無い、なんてことは有り得ない話で
水の綺麗な街に越してきて、喫茶店、豆腐屋、バー を開店するには
それは、様々な経緯があったでしょう。。。
その経過は、本人が話さない限り他人には伝わらない話です。
一般的は映画であれば、過去に遡ったり、心の声を口に出したりして
観客に『この人は、こんなことを考えています。 こんなに優しい人ですよ!』と
説明する必要があると思うのですが、
『マザーウォーター』は、あえてその説明を削り落としたのかも知れません。。。
『カモメ食堂』ではフィンランドのヘルシンキで食堂を営む主人公が
美味しい日本の家庭料理を出して、徐々に人々に受け入れられていくお話です
主人公が何故、フィンランドでお店を開くに至ったかは説明されませんが、
バックグラウンドの設定はあるはず。 それをあえて削り落としたのだと思います
とすれば、『マザーウォーター』も同じと考えられます
それと、過去の映画『かもめ食堂』 『めがね』 『プール』では
食事、料理がおおきなテーマになっていますが、
『マザーウォーター』では、料理の登場は少なめです
これも飾りを限界まで削り落とした結果、『 水 』 が残ったと考えられるのかも知れません。
なんだか長い割に、まとまりませんが
『マザーウォーター』はつまらない映画では無いということです。
前の記事では『つまらない映画』という印象を与えてしまったかもしれませんので
ここで訂正しておきます。
面白いですよ!!!