The Complete of THE FRUSTRATED-RECORDING DOCUME.../GLAY

¥5,460
Amazon.co.jp

GLAY10周年を象徴する最高傑作、アルバム「THE FRUSTRATED」の初回特典として話題を呼んだメイキング・ドキュメンタリーの全曲完全盤がついに登場した。
デモテープの印象からアレンジのアイデア、曲の成り立ちやレコーディングの過程。
ゲストミュージシャンを交えたスタジオでのやりとりや独白。
TERUとTAKUROが語るアルバム全体像とエピソード。
HISASHI、JIRO、ドラムのTOSHI、個々のアプローチの再現セッションや解説。
プロデューサー・佐久間正英が明かすミュージシャン・GLAYの素顔。
全曲を新曲で構成したツアー「X-RATED」のライブ映像やプロモーション・ビデオ、スタジオでの生歌。
ライブ感溢れる演奏シーンと密着映像による135分。ここまで自然体で”音”を語ろうとするGLAYは初めてだろう。

(評論家:田家秀樹)

【収録曲】
01.OPENING
02.Billionaire Champagne Miles Away
03.HIGHCOMMUNICATIONS(short ver.)
04.Runaway Runaway(short ver.)
05.ALL I WANT(short ver.)
06.BEAUTIFUL DREAMER(short ver.)
07.coyote, colored darkness
08.時の雫(short ver.)
09.無限のdeja vu から(short ver.)
10.BLAST(short ver.)
11.BUGS IN MY HEAD
12.南東風(short ver.)
13.あの夏から一番遠い場所
14.THE FRUSTRATED
15.STREET LIFE(Acoustic ver.)

2004年に発売されたGLAY8枚目のアルバム「THE FRUSTRATED」の特典映像には、M-02とM-14のスタジオライブと、数曲のメイキングや解説が入っていた。

このDVDでは、アルバム「THE FRUSTRATED」全曲のメイキングまたは解説が見ることができる。

普段見ることのない、制作風景。

テレビやライブを表側とするなら、裏側と言うべきか。

それを映像化されるのはファンとしては嬉しいもの。

また、ファンの中でも、GLAYの言う「バンドキッズ」たちにとってはとても興奮する内容になっていると思う。

アレンジの仕方や、ギターフレーズの解説等。

専門的な言葉も出てくるので、その辺はバンドキッズでないと分からないかもしれない。

バンドキッズではないファンの見方としては、楽曲がどのようにして生まれたか、また、short ver.のものも多いが、ライブ映像として見るのも悪くないと思う。

一般的なライブ映像とは味の違うこのDVD、一度は見てもらいたいものだ。

Write:Wann
LIFE 6 SENSE(初回限定盤)(DVD付)/UVERworld

¥3,500
Amazon.co.jp

UVERworld、6枚目のアルバム。

機動戦士ガンダムシリーズ19年ぶりのオリジナル劇場版作品の主題歌となった「クオリア」や東京ドーム公演1曲目となった「NO.1」、そして、東京ドームでエンディングテーマとして起用されたMONDO PIECE、最新シングルCORE PRIDEを収録。

【収録曲】
01.CORE PRIDE
02.いつか必ず死ぬことを忘れるな
03.一石を投じる Tokyo midnight sun
04.ace of ace
05.NO.1(album ver.)
06.クオリア
07.シークレット
08.勝者臆病者
09.6つの風(album ver.)
10.一億分の一の小説
11.MONDO PIECE
12.白昼夢

1曲目の「CORE PRIDE」は現在放送中のアニメ、「青の祓魔師」のOP主題歌。

UVERworldらしい勢いのあるラップから始まる曲で、アルバムの1曲目に相応しい曲。

東京ドーム公演1曲目に演奏された「NO.1」はアルバムver.ということもあり、シングルとは違うアプローチが良い。

どの曲も昔から変わらないサウンド、また、作詞を手がけるTAKUYA∞(Vo.)のストレートな歌詞は健在。

どれを取ってもまさにUVERworldだと言えるアルバムで、昔からのファンも最近のファンも楽しめる一枚なんじゃないかと思う。

もし、手に取っていただけたなら、歌詞カードを見ながら曲を聴いてほしい。

普段から音楽を聴くときは歌詞カードなど全く見ないが、UVERworldの曲は歌詞の言葉一つ一つを追ってしまう。

TAKUYA∞の言葉を、打ち込みとバンドのサウンドに乗せて聴かせるUVERworld。

彼らが今伝えたいものを是非感じ取ってほしい。

Write:Wann
国家の品格 (新潮新書)/藤原 正彦

¥714
Amazon.co.jp



 日本は世界で唯一の「情緒と形の文明」である。国際化という名のアメリカ化に踊らされてきた日本人は、この誇るべき「国柄」を長らく忘れてきた。「論理」と「合理性」頼みの「改革」では、社会の荒廃を食い止めることはできない。いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であり、「国家の品格」を取り戻すことである。すべての日本人に誇りと自信を与える画期的提言。


  *


 尊敬する作家のなかに、藤原正彦氏がいます。彼の持論にはもちろん賛否両論あるようですが、わたしは心から賛同の意を表したいと思います。藤原正彦氏――『孤高の人』を著した新田次郎氏の次男です。東大卒の数学者、コロラド大学などで助教授としても活躍した(もちろん英語だってぺらぺーら)、そういう人の持論であるからこそ、頷かされるのかもしれません。
 戦後、我々日本人は多くのものを失い、忘れてきました。日本独自のうつくしいもの、うつくしいこころ、そういったものを我々はどこに置いてきてしまったのでしょうか。多くの子どもたちは、さまざまなものに理由を求めるようになりました。極端なことを言えば、「なんで人を殺してはいけないのですか」という質問をするような子どもがいる、そんな時代になったわけです。「理由などないのだ」ということに、どうやら彼らは我慢がならないようです。結局のところ根本にどんな問題があるかといえば、「まっとうな教育の欠如」ではないかと思うのです。
 入試にはこういう形の問題が出るから、徹底してこの形の問題演習をしましょう。早慶上智レベルに入学するにはこれだけの知識が必要だから、これだけのことをやりましょう。もちろんそこに至るまでの教育の基盤がしっかりしていれば問題ないと思うのですが、その基盤がないまま現代の子どもたちは受験戦争のなかに突入していきます。「勉強しかできない子どもたち」あるいは「勉強すらできない子どもたち」が生まれるのです。


  *

 ――『国家の品格』より抜粋。

 
 私にとって幸運だったのは、ことあるごとにこの「武士道精神」をたたき込んでくれた父がいたことでした。父からはいつも、「弱い者いじめの現場を見たら、自分の身を挺してでも、弱い者を助けろ」と言われていました。
 父は「弱い者がいじめられているのを見て見ぬふりをするのは卑怯だ」と言うのです。私にとって「卑怯だ」と言われることは「お前は生きている価値がない」というのと同じです。だから、弱い者いじめを見つけたら、当然身を躍らせて助けに行きました。私は体格がよく力も強かったので、必ずいじめている者たちを蹴散らしました。それを報告するたびに父は本当に喜んでくれました。あれほど喜んでくれたことは、他にはほとんど思いつきません。母は渋い顔で、「正義の味方もほどほどよ。暴力少年のレッテルを貼られ、内申書にでも書かれたら、行きたい中学にも行けませんよ」なんて言ってましたが。
 

 父は、「弱い者を救う時には力を用いても良い」とはっきり言いました。ただし五つの禁じ手がある。一つ、大きい者が小さい者をぶん殴っちゃいかん。二つ、大勢で一人をやっつけちゃいかん。三つ、男が女をぶん殴っちゃいかん。四つ、武器を手にしてはいかん。五つ、相手が泣いたり謝ったりしたら、すぐにやめなくてはいかん。「この五つは絶対に守れ」と言われました。
 しかも、父の教えが非常に良かったと思うのは、「それには何の理由もない」と認めていたことです。「卑怯だから」でおしまいです。
 

 で、私はその教えをひたすら守りました。例えば「男が女をぶん殴っちゃいけない」と言ったって、簡単には納得しにくい。現実には、ぶん殴りたくなるような女は世界中に、私の女房を筆頭に山ほどいる。しかし、男が女を殴ることは無条件でいけない。どんなことがあってもいけない。しかも何の理由もない。そういうことをきちんと形として教えないといけないということです。

 

 私は「卑怯を憎む心」をきちんと育てないといけないと思っています。法律のどこを見たって「卑怯なことはいけない」なんて書いてありません。だからこそ重要なのです。「卑怯を憎む心」を育むには、武士道精神に則った儒教的な家族の絆も復活させないといけない。これがあったお陰で、日本人の子どもたちは万引きをしなかった。
 

 ある国の子どもたちは、「万引きをしないのはそれが法律違反だから」と言います。こういうのを最低の国家の最低の子どもたちと言います。「法律違反だから万引きしない」などという子どもは、誰も見ていなければ万引きします。法律で罰せられませんから。大人になってから、法律で禁止されていないことなら何でもするようになる。時間外取引でこそこそ株を買い占めるような人間がどんどん生まれてくる。家族の絆の中にいた日本の子どもたちは、万引きなんかしたら「親を泣かせる」「先祖の顔に泥を塗る」、あるいは「お天道様が見ている」と考えた。だから万引きをする者は少なかった。卑怯なことをする者が少なかったのも同じ考え方からです。家族の絆が「卑怯を憎む心」を育て、強化し、実践させる力となるのです。




  *


 やや偏りがあるように感じられる文章かもしれませんが(笑)おおむね的を射ているのではないかとわたしは思います。自分のありかた、日本人として生まれてきた自分のありかたをふりかえってみるに最適に一冊ではないでしょうか。お子様のいる方は、「なぜ万引きをしてはいけないのか」と一度問いかけてみてはどうでしょう。ちょっと、どきどきしませんか。


nammy wrote,
対訳 21世紀に生きる君たちへ/司馬 遼太郎

¥893
Amazon.co.jp


国民的歴史小説家である司馬遼太郎が、はじめて子ども――特に小学生程度の年齢層を意識して書いた随筆である。文章は大阪書籍『小学国語』に収録された。短いエッセイではあるが、これまで大人向けで歯ごたえのある小説・エッセイを書いてきた司馬だけに、初めて子ども向けに書いたという話題性と、その無駄のなさから、多くのひとに読まれた文章である。


 *


 おすすめの本、と言われればまず挙げるこの一冊。まさに「無駄のない」文章であるけれども、それは素っ気なかったり冷ややかだったりする「無駄のなさ」ではなく、ひとの心にまっすぐ届く「無駄のなさ」です。

つらいことや苦しいことはたくさんあり、いったい自分は何のために生まれてきたのか、あるいは何のために生きていくのか、いっそこのまま死んでしまったほうがいいのではないか、わたしが生きていることで何の意味があるのだろうか――などと思うとき、いつもこの文章を思い出すのです。

 *

 以下、抜粋。

『助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。他人の痛みを感じることと言ってもいい。やさしさと言いかえてもいい。

「いたわり」
「他人の痛みを感じること」
「やさしさ」
みな似たような言葉である。この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。根といっても、本能ではない。


 だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。その訓練とは、簡単なことである。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、その都度自分の中でつくりあげていきさえすればいい。
 この根っこの感情が自己の中でしっかり根づいていけば、他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。君たちさえ、そういう自己をつくっていけば、二十一世紀は人類が仲良しで暮らせる時代になるのにちがいない。


 鎌倉時代の武士たちは、
「たのもしさ」
ということを、たいせつにしてきた。人間は、いつの時代でもたのもしい人格を持たねばならない。人間というのは、男女とも、たのもしくない人格に魅力を感じないのである。


 もう一度くり返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。自分に厳しく、相手にやさしく、とも言った。いたわりという言葉も使った。それらを訓練せよ、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。そして、“たのもしい君たち”になっていくのである。


 以上のことは、いつの時代になっても、人間が生きていくうえで、欠かすことができない心がまえというものである。


 君たち。君たちはつねに晴れあがった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。同時に、ずっしりとしたたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。私は、君たちの心の中の最も美しいものを見続けながら、以上のことを書いた。書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがやいているように感じた』

 
 *


 はじめて読んだ、中学生のとき。何に涙がこぼれたかというと(――といっても中学生のころはまったく悩みなどなく、ピアノだけに没頭していたわけで、むしろおとなになってからのいまのほうが思春期みたいなのだけれども)、


――君たち。君たちはつねに晴れあがった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。


この一文に、心を射抜かれたのでした。
そのとき空は青くたかく、何だったかは忘れたけれども一羽の鳥が飛んでいて、瞬間、胸にぐっとつまるものがあったのを覚えています。中学生のときのことです。


おとなにこそ、読まれるべき一冊ではないかと思います。
歩くことに疲れたとき、自分自身に嫌気がさしたとき、わたしはこの本をかならず思い浮かべます。

いかがでしょうか。
コーラス メモリアル・エディション [DVD]/ジェラール・ジュニョ,フランソワ・ベルレアン,ジャン=バティスト・モニエ

¥4,935
Amazon.co.jp


 舞台は戦後間もない1949年頃。孤児や問題児を集めた寄宿舎、その名も「Fond De L'Étang(池の底)」。ある日一人の音楽教師マチューが舎監としてやってくる。マチューは悪戯が酷く反抗的な生徒達と、厳しい規律とお仕置きを持って生徒に対するラシャン校長や同僚の体育教師シャベールにとまどう日々が続くが、自分の経験を生かし音楽を教えることを思いつき、生徒達に合唱を教え始める。そんなときマチューは、問題児として見られているモランジュが、奇跡のような「天使の歌声」を持っていることに気が付くのだった――。


  *



 基本的にいままで観ることのなかったフランス映画ですが、レンタルショップでふと手にした『コーラス』――お勧めの映画と訊かれて思い浮かべるのは、まず間違いなくわたしのなかではこの一作。
孤児や問題児を集めた寄宿舎、戦後すぐの荒みとちょっとした空虚さ、小汚い『池の底』。ラシャン校長、これがなかなかイヤなおじさんです。けれどきっと彼も心のどこかに何らかの闇を抱えていたのでしょう(最後はもはや病的だったもの)。

 マチューともしばしば意見の食い違いがありましたが、マチュー先生はとても素敵な方でした。ぽちゃっとしていて、髪の毛はさびしくて、ちょっと目じりが下がっていて、そして感情の出し方も素直なおじさん舎監。過酷な労働状況にも見えるけれど、時代を考えれば実はそうではないのかもしれません。
歌の好きなマチュー先生。罰掃除をさせられていたモランジュの歌声を聞きつけて、みんなで合唱をすることを思いつきます。

 歌うということ。歌うのが特別好きなわけでもないわたしは、学校の音楽や合唱など楽しくも何ともなかった――ひとりでピアノを弾いているほうが楽しかったし、ふとした拍子にでる鼻歌でじゅうぶんだった、けれど、『コーラス』をみると、ああなるほど歌はたしかにひとの魂を救い得るのだ、と。
少しずつ、ほんの少しずつ歌うことに幸福感を、楽しさを見出していく子どもたち。マチュー先生はいろいろな意味において「ふつうのひと」だけれど、歌で生徒たちを愛し、まとめたという意味においては非凡なひとでした。

 本編全体を通して使われるモランジュの歌声――メインテーマみたいなものといっていいのかな? そのメロディーは少し黒々とした切なく哀しいものですが、美しい歌声と独特のメロディーは頭の奥にちりちりとした痛みをともないながら残ります。


 時間と心に余裕のあるとき、午後のお茶のおともにでも是非。


nammy wrote;