身勝手でも許される感覚。



連発してたら



嘘も誠。
「自分を大切に」というフレーズを


私と関係のある複数の人から、


諭されたり、

怒られたり、

呆れられたりと、


様々なシチュエーションで


投げかけられた。




知ってるよ。



姿勢 行動 態様 として、

「自分を大切にする」

ことを達成するには、


どのような選択をすれば良いのか、

私は知ってる。


と、思っていた。



将来の自分が納得できる行動を心がけて、

「やるべきこと」を決定してきた。


と、思っていた。



ただ、友人から見た私は、

「自分を大切に」してない!

みたいだった。



今、私は私と家族の将来のために、自分にできる限りの活動をしている。



それは、


精神に障がいを持った妹が

私がいなくなっても

成長し、生きていくための『環境』を


整備すること。




そして、

定年間近にも関わらず12時間労働をこなす父が、

そんな妹との2人暮らしを乗り切っていけるような

仕組みを構築すること。



また、

独り暮らしである母方の祖父が


これからも気ままな生活を維持できるように、

ケア・マネージャーさん等と


協力して計画を立て、


観察と改善を続けること。



他にも…

数えだせば、きりがない、

沢山の『やるべきこと』

の中に、

いつの間にか

『自分』の枠が、とても小さくなって埋もれていた。



気がつかなかった。

気づけなかった。



それを認めてしまえば、

周囲への不満や

自分の欲望によって、

心がどろどろと支配されてしまいそうで、


そういうのって、
格好悪いから、

嫌だ。



だから、回避したかった。


それと、

自分の状況を

うまいこと評価できなかった。



『辛い』って、どういう状態?


わからなかった。




私の友人や先生や親戚や、例のケアマネさんは、


『自分を大切に』することの意味を


教えてくれた。


嬉しい。ありがとう。


でも、なんか、

恥ずかしい。



これは、ありふれた、月並みの言葉。


ミニスカートを着用したアイドルが、マイクを両手で持ち、瞳を潤ませて歌ってそうだ。


なんて陳腐なんだ。


これが、日常。



これが、人間。


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うそ、

異議なし!


みぃみぃ
たっぷり睡眠を取ったり


目一杯ごはんを食べたり


一生懸命笑っても




悲しみは着々と心を浸食するもんだ。



紛らわすように


隠すように



趣味や遊びに興じたって




無理な時は、

出てくるもんだ。







涙を流すとか


苦しみを訴えるとか


そんな風な表現では



満たされない。


それどころか、



虚しい。



私は空っぽ。








こんな時、

自殺しないで済む方法は、




簡単。







晴れの日、





外に出て、






散歩。



青を見上げ、

冬の始めの気配を吸い込み、

花に触れ、

背中に太陽を感じる。




そして、人と笑う。



自分を嘲らないこと。



どうでもよくないよ。







安心、安心。





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