著者：瀬尾まいこ

内容：ろくに高校に行かず、かといって夢中になれるものもなく日々をやり過ごしていた大田のもとに、ある日先輩から一本の電話が入った。聞けば一ヵ月ほど、一歳の娘鈴香の子守をしてくれないかという。断り切れず引き受けたが、泣き止まない、ごはんを食べない、小さな鈴香に振り回される金髪少年はやがて―。きっと忘れないよ、ありがとう。二度と戻らぬ記憶に温かい涙あふれるひと夏の奮闘記。（「BOOK」データベースより）

　瀬尾まいこさんの小説では、「そして、バトンは渡された」という小説のみ読んだことがあります。確か、「そして～」は当時本屋大賞を受賞した作品だったと思いますね。そちらも、良い作品だなと思いました。非常に「等身大の～」と言いますかね、「普通」を大事にして描いている作家さんのような気がします。「そして～」に関しては、それこそもっと突飛な内容にもできたような気がするんですけど、あえて「普遍性」みたいなのを大事にしている印象を受けました。この「君が夏を～」も同じような印象を受けましたね。16歳の男子高校生が、先輩の子供のベビーシッターを任されるという物語。あらすじにも書いてありますが、不良で落ちこぼれの主人公であります。そんな彼にベビーシッターが務まるか？っていうお話なんですけどもね。非常に構成がシンプルです。と言うのは、まあ、当然内容は主人公が子育てに悪戦苦闘し、そして同時に癒しも貰えるといった内容に終始しています。しかし、例えば、この過程で大事件が勃発するとか、そういう展開は無いわけです。子供が怪我をしてしまうとか、主人公がプライベートでよからぬ事件が発生するとか、主人公が恋愛をするとか、ベビーシッター業が嫌になるとか、まあ色々考え付きそうな物ですが、そういう要素は無いわけです。ですから、非常に限定された読み易さはあると思いますね。変に「寄り道」をしないと言いますか笑。無駄な複雑さが無いので、読んでる方も良い意味で気持ちに波風立たない形で読むことができると思います。ストレスはあんまり無い形で読めますね。それは特徴的だと思います。

　そういう意味では非常に割り切った作品だと言っても良いんじゃないでしょうか。例えばこの小説だと面白いのは、当然ベビーシッター業など経験のない若い男子高校生ですが、やっぱり子供と常に接していると、子供が何と言っているのかわかるようになって行ったり、どうすれば喜んでもらえるのか、どうして泣いているのかとか、色々理解できるようになって行きます。ただ、それでも「今、これ何て言っているんだろう？」とか、わからない時とかあるわけですね。そうなると、読んでるこっちも一緒に「これは、こう言ってるんじゃないか？」とかですね、主人公と一緒に考える心境になれると言いますか笑。自分たちもまた疑似的に、子供と接しているような気持にはなれます。一緒に愛情を育めると言った方が良いかもしれませんね。それはやっぱり、先ほど書いたように、変に違う要素が入らないからこそ、こちらも集中して感情移入できるからだと思うんですね。他の事を考える必要が無いと言いますかね。この小説の構造が割り切られているメリットには、そういった点が挙げられるのではないでしょうか。ですから、これから書くことも、「良くも悪くも」と言った意味になると思います笑。割り切った分、捨てなくてはいけない部分と言うのはどうしてもありますのでね。と言うのは、この主人公はですね、「不良」とは言っても、元々凄く「良い奴」という設定で既に登場するんです。見た目は金髪で、といった具合に描写されていますが、内心では不良ばかりの高校生活や、今の自堕落な生活であるとか、そういう事に対してちゃんと嫌気が差しているし、疑問も抱いている。そういう人間性の持ち主として登場しますから、まあ、はっきり言いまして、良くも悪くも「安心」しきった形で読めるわけですよ。

　ただ、逆に言いますと、主人公自身がこのベビーシッター業を通して、成長する伸びしろがどれくらいあるのかな？というのは、正直疑問であります。例えば、序盤でも書きましたけど、いくら慕っている先輩の子供とは言え、嫌になることもあったり、逃げ出したくなったりという感情が出てくるとか、「自分も子供が欲しい」と思えば、例えば好きな女の子との接し方が変わったりだとか、ヤンチャな友人との関係でトラブルに巻き込まれたりとか、彼がこの仕事をしている上で、「どう変わっていくか？」というのは、これ気になる所だと思います。でも、何だかんだ、先ほど書いたように元々が「良い奴」ですから、ちゃんと子供に愛情を持って接しますし、「良い奴」なのが「もっと良い奴」になったというようなお話にどうしても見えるんですよね笑。だから、「変化」の伸びしろ的には、そう大きな変化はないように見えるんですよ笑。本来であれば、この仕事を通して、彼が学んだり、大人になったり、というお話になりそうな物ですが、かなりそこは淡泊に仕上がっている。その原因は、やはり「割り切った」作風というのが挙げられると思います。要は、そういった彼自身のドラマを描く要素というのは、できるだけ省かれていると言いますかね。もちろん、彼が陸上経験者で「走る」のが好きであるとか、母親との関係であるとか、地味な吹奏楽部の女子との関係であるとか、色々とそのモチーフは出てきます。でも、それが何か「大きな」彼の心境の変化に繋がっているようでは無いと笑。ですから、一本のお話として、読み終わった後の何か「カタルシス」には乏しい出来だとは正直思います。むしろですね、これ「続編」があっても良いくらいですよ笑。この後の主人公の行動、心境が色々気になります。ってことで、良くも悪くも「限定的」だということですね。こういうジャンルがあっても良いと思うんです。何か大きなことが起こるわけじゃなく、「安心」して読み進めることができるというのは、読む人の心情によっては凄く読み易いでしょうから。ただ、その分「深み」は薄くなってしまう、とは思いますね。

おすすめ度☆☆☆

君が夏を走らせる