わんにゃんママのブログ

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        保護猫ばかり10匹と柴犬1頭との生活をつづっています。

わんにゃんママのブログへようこそ。



現在の家族紹介(推定年齢順) ※年齢は今年の年齢






 アンジェリーナ通称あんこ ♀ 2007年6月18日保護。18歳。



 のだめ通称めぐ ♀ 2007年7月21日保護。18歳。



 ベッカム通称べっくん ♂ 2009年6月21日保護。 16歳。



 ジジ通称ちーちゃん ♂ 2011年10月12日保護。14歳。



 ぐんちゃん ♂ 2012年9月15日保護。13歳。



 あられ  ♀ 2017年2月12日保護。 推定8歳



 くろ ♀ 2017年1月7日預かり。 推定7歳



 マイケル ♂ 2018年7月30日預かり。推定7歳 



 みかん ♂ 2019年11月4日預かり。 推定6歳 



 るい ♂ 2025年12月1日預かり。 推定5歳 







 柴犬桃太郎 ♂2017年3月16日生まれ。6月5日家族に迎える。8歳 





 現在、猫10匹。犬1頭。 





あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

 

昨年は正月明けに、大動脈解離という病気になって救急車の初乗りと初入院を体験しました。

 

でも、生還できたので、総じて良い一年でした。

 

そして、家族が増えました。

 

 

ラグドールの推定5歳のるい君です。

 

縁あって昨年暮れに家族となりました。

 

何十年、何十匹、猫と暮らしてきましたが、初のグレーの毛並みの子です。

 

適応力に優れている子で、わが家の子供たちとも、犬とも喧嘩もせずほどよい距離を保ちながらすでにずっと前からいる子のように親しんでいます。

 

あまり、ブログを読んだり書いたりできなくなりましたが、今年もどうぞよろしくお願いします。

また、悲しいご報告です。

 

ぽにょちゃんに続いてくるみちゃんが虹の橋を渡りました。

 

急なことで、容体が悪くなってからあっという間のことでした。

 

腎臓の数値がだいぶ悪かったのと、今年の酷暑も影響したのかな、と思っています。

 

ほかの子に比べ体はちいさかったものの、元気いっぱいのくるみちゃんでした。

 

お空にも、くるみちゃんの家族がいっぱい待っているから、虹の橋で一緒に待っていてね。

ご無沙汰しております。

ブログを更新するときは、訃報のときだけになってしまいました。

 

本日、ぽにょが急逝いたしました。

 

腎不全と低血糖で、おととい緊急入院しましたが、時すでに遅し。

たった12年の猫生でした。

 

もうちょっと早く異変に気付いていたらと、悔やまれます。

 

手のかからない、おとなしい子でした。

ごろちゃんが大好きだったぽにょ。

ごろちゃんが亡くなってから、元気がなくなりました。

 

だんだん、ごはんを食べなくなり、ここ数日はすごく甘えていたので、気づいてあげるべきでした。

ぽにょちゃん、ごめんなさい。

12年間ありがとう。

大好きなゴロちゃんと、虹の橋で待っていてね。

いつも、ご無沙汰ばかり、亡くなったご連絡ばかりでごめんなさい。

 

扁平上皮癌で3ヶ月治療をしていたジョニー君が、虹の橋を渡りました。

 

前日まで、ご飯を食べ私の帰りを玄関で待っていてくれました。

 

寝るときも、私の胸の上で寝ていました。

毎日わたしのTシャツが、ジョニ君の下顎の腫瘍の血膿で、べとべとになり、洗濯しても落ちませんでした。

 

可愛くて、甘えん坊で、我慢強かったジョニ君。

 

最近よく耳にするようになった扁平上皮癌。

世の中の扁平上皮癌の子がどうかつらくありませんように。

今までありがとう。

先に向こうに行ったみんなと、虹の橋で待っていてね。

 

ジョニ君、17歳でした。

 

ご無沙汰しています。

悲しいお知らせです。

 

5月25日、りんりんが天使に還りました。

享年14歳。

 

昨年末より、負傷した左目が全然治らず、治療を続けておりました。

 

今年に入ってもなかなか治らず、抗生剤の耐性検査もしてみましたが、だんだん腫れがひどくなり、腫瘍の疑いがありました。

 

りんりんの年齢、性格を考えて、腫瘍が悪性だとしても、手術することは望まないので、抗生剤の投薬を続けていました。

 

しだいに、右目の上にもこぶのような腫れができて、食欲も落ちてきました。

 

5月に通院した際に、たまたま里親会の会長さんと出会い、パラディアという抗癌剤の飲み薬を教えていただき、試してみることにしました。

 

10日ぐらいで、パラディアは効果を表し、腫瘍が小さくなり両目が開くまでによくなっていたのですが、小さなりんりんはもう体力がもちませんでした。残念です。

 

この日は私が引き受けている委員の定例会があり、午前中はそばにいてあげられませんでした。

でも、りんりんは私の帰りをちゃんと待っていてくれました。

 

さほど、苦しまずに15時過ぎに私の膝の上で息を引き取りました。

 

可愛かったりんりん。

他の子が苦手だったけど、最期はみんな家族になって、りんりんを心配して、舐めてあげたり添い寝してくれていました。

 

一足先に虹の橋に行ったもこみちが、大好きなりんりんを迎えに来てくれるでしょうね。

 

りんりん、14年間ありがとう。

もう、頑張らなくっていいからね。

こうして、家族になってくれて、最期も看取らせてくれて、ありがとう。

 

虹の橋で先に行ったみんなと待っていてね。

 

お読みいただきありがとうございました。

皆さまのご家族がすこやかでありますように。

 

 

ご無沙汰しています


北陸の皆様、早くいつもの日常が戻りますように、お祈りしています


3/17日、柴犬の桃太郎が7歳になりました。


相変わらず、飼い主と同じマイペースですが、よろしくお願いします











お誕生日のお祝いに元町うしすけでステーキ2枚をぺろり。

ケーキも買って帰り、大満足でした。

あけましておめでとうございます。

 

そして、能登半島、新潟、富山、石川で今回の地震で被災された皆様、早くライフラインが戻り、元気になれますように、心からお祈りしています。

 

思えば、小学校の5~6年、中学1年は富山、新潟で過ごしました。

富山は高岡市伏木、氷見のお隣です。

 

都会しか知らない私には見るもの聞くもの、カルチャーショックの毎日でした。

 

初めて伏木の駅に着いた時も電車が自動ドアと思って開くのを待っていたら手動ドアだったり、家の前は初めて見る田んぼだったり、なにをやっても楽しかったです。

 

50年も前ですがあの頃、伏木の人に言われたのは、関東は地震が多いけど、こちらは地震はほとんどない、雷の方が怖いよ、だったのに。

 

実際私が過ごした1年ちょっとの間に地震はありませんでしたが、雷はすぐ近くに落ちました。

 

氷見や伏木のみんなはどうしているかな?早く余震もおさまって、いつもの平和な暮らしにもどれますように。

 

そして、2日の海上保安庁の5人の方々の殉職、心から哀悼いたします。私が小さい頃点々としていたのは、海上保安官の父親の転勤のためでした。

 

被災地の方も殉職されたご家族の方も、ひとごとではありません。

身につまされる年初となりました。

 

 

画像ちいさくて申し訳ありません。

 

本年もどうぞよろしくお願いします。

ご訪問ありがとうございます。

 

訃報ばかりの更新で申し訳ありません。

 

トムくんがお空に旅立ってから、49日も経たないというのに、こんどはちゃっくんが旅立ちました。

 

 

13歳。あと、2か月で14歳でした。

 

突然の旅立ちで、寂しくてたまりません。

 

昨日、7月4日、お散歩から帰ってにゃんずたちのご飯の時にちゃっくんが出てきませんでした。

探したところ、ケージの上に置いてあるベッドで、すでに旅立ってしまったちゃっくんをみつけました。

 

死後硬直がはじまっていたので、お散歩中に亡くなったと思います。

寝ているままの感じで苦しんだ様子はありませんでした。それだけが救いですが、ひとりで逝かせてしまったと思うと残念です。

 

とくに、変わった症状はありませんでした。

最近は食欲はおちたものの、ちゃんとご飯の時は食べていましたし、

どこか悪いところがあったのか、少しも気づきませんでした。

 

鼻血が出ていたので、ちゃっくんにも心臓肥大のような心筋症があったのかもしれません。

 

茶トラさんはとにかく甘えん坊で、ちゃっくんと、ぐんちゃんと、みかんで、いつも膝をとりあっていました。

 

子猫の時お寺さんに捨てられ、落ちていたぎんなんの実で遊んでいたので、ちゃっくんと呼ぶほかに、ぎんなん、とも呼んでいました。

 

 

とても可愛かったちゃっくん、ずっとずっと愛していますよ。

今までありがとう。ひとりで逝かせてごめんね。

 

明日、お空に還ります。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

2年ほど前から慢性腎不全で闘病していましたトムくんが、昨晩、虹の橋を渡って天使になりました。

 

昨年の暮れぐらいから何度か危ない時があり、そのたびに生還してくれていましたが、今回は力がつきました。

 

この子の頑張りと生きる意欲には、頭が下がりました。

 

腎臓病用のご飯も昨年暮れからは好きなものをたべさせていました。

 

週一の点滴と注射がだんだん3日に一回になり、ゴールデンウイーク明けには、体重も2キロを割ってしまい、一日おきの通院となりました。

 

それでも、多頭飼いの子の悲しさで、自分ひとりが特別可愛がられていると思って、通院も喜んで通ってくれました。通院後は自分からご飯も食べてくれました。

 

何度かご飯が食べられなくなっても、強制的に食べさせたり、注射したり、つらい時期もありましたが、乗り越えてくれました。

 

病院の先生から、「トムくんはほんとうにお母さんが好きなんですね」

と言われましたが、最期はトムくんの望み通り、私の膝の上でなくなりました。

 

もう、心臓も呼吸もよわかったので、いつ亡くなったのかわからなかったほどです。

 

死後硬直が始まるまで、ずっと抱いていました。

 

穏やかに逝ってくれたと思います。

 

トムくん、うちの子になってくれてどうもありがとう。

大好きなもこみちやさん太がお迎えにきてくれたかな?

 

コメントは閉じさせていただきますね。

 

 

 

 

 

ご訪問ありがとうございます。

 

まだ、もこみちがご飯の時、私が出かける時、出てくる気がします。

 

今日午後お空にかえします。

 

もこみちも思い出が多すぎます。

 

まずは、うちの子になったいきさつから。

 

16年前、もこみちは2軒先のお宅のお庭か縁の下か物置で産まれました。

お母さんもきれいな白猫で、もこみちの他に2~3匹きょうだいがいたそうです。

それが、ほんの数日でもこみち1匹になったそうです。

 

たまたま、ゴミ出しの時にそのおうちの前を通った時に、家の駐車場の壁を母猫について登れずにいる子猫を発見。

 

捕まえたところ、家の方からそんなお話を聞いて、連れて行ってほしいと頼まれました。

 

母猫もことを考えるとほんとうに不憫です。

 

子猫を連れ帰ったものの、それからしばらくは私の家のあたりを、子猫を呼びながら探し回っていました。

 

母猫は根っからの外猫さんで、用心深く捕獲はあきらめました。

 

子猫のほうは、というと母猫が探し回っているのがわかっていると思うのですが、お腹いっぱいご飯が食べられて先住猫も可愛がってくれる生活が嬉しかったのか、母猫のことは気にも留めていない様子でした。

 

そのうちに母猫のほうも探すのを諦めたようです。

 

2006年8月21日、うちの家族となり、もこみちと名づけられました。

 

 

天使のように、可愛い子でした。

もっとも、やんちゃぶりを発揮するようになると、天使から悪魔に変身しましたが。

 

その後のもこみちの母については、数軒先のえさやりさんの所にちょくちょく現れるようになり、捕獲して避妊手術を受けました。

もこみちが最後の子供となりました。

もう、10年ぐらい前になりますが、もこみちの母も亡くなりました。