黒い油性マジックのラインは翌日には薄くなり、2日も経てばあっけなく消えてしまった。


お腹の落書きはこんなにも簡単に消えてしまう。


もどかしい気持ちを抱え私は病院へ向かっていた。


受付で検温し、面会者の名前と用件と時間を書く。


面会と言ってもコロナ禍で会えるわけではない。


下着に靴下、除菌シート、気晴らしに肩を温めるめぐリズムと本を入れたバッグを持って8階の入院病棟へ上がる。


ナースセンターを訪れるとそこはコールセンターかと思うほど電話の音と鳴り響く機械の音で埋もれていた。


これが現場かとしばらく様子を見ていても誰も気にかけてはくれない。


タイミングを見て「すみません」と声をかける。


「はい何か」


ひょいと顔を上げた看護婦は三白眼だった。


力強いその小さな黒眼が真っ直ぐわたしを見る。


ついついあだ名で呼んでしまうのは悪い性分だがコロコロと話す相手が変わると名前をいちいち見ていないし覚えていない。


シンプルなのだ。


乾電池にマツエク、桜餅にモヤシとおかっぱ。そして三白眼とこれから登場する予定の春風もすべていなければならない必要な人たちであり心から感謝していることをここで改めて述べておきたい。


「荷物を渡しにきました」


そう言って一目だけでも会えないかなと小さな期待を胸に秘めながら三白眼の返事を待っていた。