円谷映画5,空の大怪獣ラドン | 昭和を懐古する部屋(パニック障害と共に歩むじじぃの話)

第1位:怪獣映画,空の大怪獣ラドン(1956年)

おやじ懐古度:90点

ラドン哀愁度:90点

特撮度   :80点

円谷映画堂々の第1位は,我らが空の大怪獣ラドンの頭上に輝きました.えっ,結局そこですか!なんでゴジラじゃないんだって?そこは天性のひねくれ者,世間での人気ナンバー1にはシンパシーをあまり感じないのです.ってな理由も多少はありますが,実際“ラドン”は名作,名キャラクターだと思います.

 

ラドンが炭坑の奥から姿を現わすまでの暗い映像と効果音のおどろおどろしさ(液体人間でも言ったな),福岡市のミニチュアセットの精巧さとラドンによる破壊っぷり,自衛隊戦闘機とのチェイスシーン,そして物哀しくも悲劇的なラストシーン(もはや伝説ですな)等々,そのインパクトの強さはけっしてゴジラに引けを取っていません.ゴジラや液体人間では“放射能汚染”という社会風刺的要素が背景にありましたが,当作品ではそのような背景はなく(ですよね),純粋な怪獣映画として楽しめます.でも,化学的にはラドンも放射性物質なので,なにか放射能汚染に対するメッセージを込めていたのかな?

 

あと,Wikipediaによると,東宝初のカラー怪獣映画だったとのこと.カラー映像のおかげなのか,炭鉱街のたたずまいや当時の人々の生活臭がとても身近に感じられるのですが,そうゆうのが,とーっても好きなのです.木と紙でできた家屋の狭さ(間違いなく内風呂なんてものはない),身に着けた衣服の粗末さ,家電製品の少なさ等,改めて,日本って貧しかったんですねぇ,ということが良く分かります.実際,昭和おやじが生まれた1961年当時,我が家には冷蔵庫も掃除機も洗濯機もテレビもなかったそうですゎ.食材は当日買いの当日消化が基本で,場合によっては今でいう冷蔵ボックスに保存していたとのこと.当時の女性達の苦労が容易に想像できて,頭が下がります(育ててくれてありがとぉ).でも,内風呂はあったそうです.五右衛門風呂ですがね.

ラドン生息地→

九州の炭鉱,戦前・戦後の日本産業を支えた血液.

 

そんな感傷に浸れるところが昭和映画の懐古を止められない理由なのですが,伝説のラストシーンも哀愁感たっぷりでとても良い.自衛隊の集中攻撃で弱ったラドン親子が,噴火した阿蘇山から流れ出した溶岩の中に墜落して最後を迎えるのです.そう,ラドンは2匹いたのです.これは,ラドンを吊り下げていたピアノ線が偶然焼き切れて怪我の功名的に撮影されたという有名なラストシーンなのですが,名監督にはこんな偶然も味方するんですねぇ.当初は,ラドンが空中を舞い続けるシーンで終了だったらしいのですが,このラストの方が絶対に良い.Wikipediaによると,2匹は親子ではなく雄雌のつがいとのことなのですが,ずっと親子だと思っていたので親子にしておきます.

 

当映画の後も,ゴジラやモスラと共演して東宝怪獣映画の主役を張るのですが,他の怪獣達とは違って武器(例えば,ゴジラの放射能光線)を持たないせいか子供たちには地味な印象を与えていたように見えますが,大人になって懐古すると味わいのある映画だと思います.