歴史から学ぶとは2 | 昭和を懐古する部屋(パニック障害と共に歩むじじぃの話)

前回のお題は,第一次世界大戦でえらい目に遭ったドイツが,たったの21年で何故第二次世界大戦を引き起こしたのか?まず,最も大きな第一の要因は,地獄のような経済状況に追い込まれていたこと,これはドイツのハイパーインフレーションとして中学校の教科書にも記載されており良く知られていて分かりやすいのですが,第二は,ドイツ軍の指導部は第一次世界大戦で負けたとは思っていないことです.これは教科書で勉強しても分からないことです.ロシアが革命騒ぎで戦争から脱落(降伏ではない)してさぁこれからという時に,政治家達が勝手に停戦したと考えている.これは始末が悪いですよ.今日の結論を先に書きますが,歴史から学ぶのは実際に我が身が痛い目に遭った人のみなのです.第一次大戦で実際に痛い目に遭ったのは最前線に駆り出された兵隊達のみで,それ以外の将兵や安全な場所にいる将軍連中は,全く痛い目を感じなかったのでしょう.銃後の国民に至っては,痛い目に遭ったというよりは,徴兵されて死にたくはないし生活も苦しいのでもう止めようよ,といった厭戦気分程度だったと思いますね(当時は航空機が未発達なので,一般国民への直接的な空襲がなかった).

 

その結果,ナチスとドイツ軍首脳とドイツ国民は第一次大戦を反省して,“次こそは正しく戦って勝利して見せる”と思ったのではないか.緒戦においてドイツが編み出した“電撃戦”は,第一次大戦での大失敗“塹壕戦による時間と戦力の消耗”から学んだ戦術なのです.つまり,“歴史から学んで”緒戦に大勝利を収めたのです(もちろん,正しく学んだかどうかは別問題).しかーし,結局は東のソビエト,西の米英との2正面作戦を余儀なくされ(というかドイツがソ連の実力を見誤って侵攻したのですが),第一次大戦と同じ道をたどって,なおかつ比較にならないような大打撃を受けて敗北したのです.

 

中学の授業で,歴史の教師がたびたび口にした言葉を記憶しています.“過去の歴史から学ぶことに意味がある”と.あまりにも正論であり反論する余地などないのですが,戦記物オタクだった昭和おやじは,何回失敗して学べば正しい判断ができるようになるのかなぁ,などと密かに思ったものです(だって,日本軍は何度も同じ戦法を繰り返して全滅してるんだもんね).おそらく,これを言っちゃぁおしまいなのですが,歴史から学ぶって,人間の性からするとほぼ不可能なのでしょう.分かりやすいので戦争で例えてみると,“戦に敗れて大惨禍を被りました.なので,金輪際戦争を放棄します”とはならず,“負けた先人がアホ”,“自分なら今度こそうまくやる”となるのでしょう.そして,“自分自身が痛い目に遭う”ことによって初めて本当に歴史から学ぶのだと思います(っん,それって歴史から学ぶって言うのかな).

 

そして,時が流れて実際に痛い目を経験した人達がいなくなり,机上の教科書でのみ歴史を“知っている”人達ばかりになった時,再び歴史は繰り返すのです.特に日本は,自衛隊の日報問題で代表されるように(防衛大臣は稲田朋美でしたね,皆さん,もう忘れていませんか),都合の悪い公的な記録をドシドシ消去する国ですから,歴史から学ぶ機会さえないのです.もーこうなると,我々にはどうすることもできないね.そーならないように,少しでもおかしなことには,微力でも声を上げましょう.