海軍善玉論2 | 昭和を懐古する部屋(パニック障害と共に歩むじじぃの話)

前回,“海軍善玉論”について書きましたが,一つ忘れていたことがありました.あまりこだわることではないような気もするのですが,やはり書き残しておきたい.海軍善玉論が受け入れられた理由の一つとして,東京裁判で有罪となった海軍軍人がゼロであったことを挙げましたが,それでは何故海軍関係者はゼロであったのか.

 

昭和20810日に開かれた御前会議の影響が大きいと思います.ポツダム宣言を受諾するか否か,すなわち降伏するか否かを議論したのですが,賛成3,反対3で決着がつかないため天皇の聖断を仰いだという,例のやつです.例年,夏の終戦記念日(つくづく違和感のある呼び名)付近になると関連番組が増えるので知る人も多いと思いますが,その御前会議で海軍大臣(米内)はポツダム宣言受諾に賛成し,陸軍大臣(阿南)は反対したのですが,このことが海軍関係者に有利に働いたことは否定できないと思います.映画やドラマでも,陸軍大臣が降伏に反対して徹底抗戦・本土決戦に固執するシーンがやたらと強調されていますが,なにも海軍の平和に対する意識が高かったわけでもなんでもない.

 

前回も書きましたが,昭和19年の後半には海軍はほぼ戦力を失っており,昭和20年ともなると,特攻を行う以外に海軍には戦う術がなかったのです.そんな状況で本土決戦に突入するとなると,もう陸軍の風下に立って言いなりになるしかない.陸軍にあごで使われるくらいなら降伏する方がまだまし,という程度の認識ですよ.つまり,陸軍よりもかなり早い段階で戦争を諦めていたのです.しかも海軍関係者は英米に知己も多く,うまくすれば自分たちは生き残れる,と打算したと思いますね.

 

ここまで,昭和おやじの勝手な想像を書きましたが,的外れではないと確信します.自分だけが生き残るために悪あがきをする日本軍人の事例は,戦記物を読んでいると枚挙にいとまがありませんからね.“特攻は命令ではない,若者の尊い志願によるものだ”と言い張って命令責任を頑として認めなかった海軍の高級指揮官もいました.ちなみに,この人は国会議員にまで登り詰めています.このような連中が善玉であるはずがない.

 

くどいのですが若者の皆さん,油断していると,こんなふざけた主張が堂々とまかり通るのですよ.単一民族の恐ろしいところですねー.ヨーロッパではなんと,ナチズムが復活しつつあります.あれだけ歴史教育に力を入れているにも関わらずですよ.日本では,歴史教育に力を注がせないように仕向けようとする勢力もいますから始末が悪い.だから歴史の“自主的な”勉強は大切なのです.