覆される昭和の定説を3話書きましたが,まだまだ沢山ありますよー.賄賂政治の代名詞たる“田沼意次”,今では優秀な官僚扱いだそうです.明治維新の立役者たる“坂本龍馬”,今では「西郷隆盛の遣いパシリだった説」が有力です.足利尊氏や源頼朝の肖像画については,もはや言うまでもないですよね.そのうちに,浅野内匠頭が悪玉,吉良上野介が善玉になっているかも.既にそんな解釈もありますしね.
以前にも書きましたが,時の経過とともに新資料や新証拠が発見されて,新しい解釈が出てくるのは必定.定説なんてものは否定されるためにあるのかもしれません.ちなみに,昭和おやじは生れが四国であり,司馬先生のファンでもあるので,坂本龍馬にはある種のシンパシーを持っている.なので,少ーしだけ龍馬のために釈明したいと思います.
西郷隆盛の後ろ盾である薩摩藩と龍馬の土佐藩とでは,もともとの藩の実力が違いすぎる.しかも,土佐藩自体が親徳川派であり,龍馬は脱藩浪士として個人で動いているに過ぎない.そりゃぁ,二人の後ろ盾の力関係からして,龍馬が隆盛の後塵を拝するのは仕方がない.両者の人間力の違いではない,龍馬の評価を下げるものではない,と主張したいのです.今,司馬先生が龍馬を書いたら,どんな感じになるのかな.
などなど,支離滅裂な文章になってきたので,そろそろ筆を置きたいと思いますが,昭和おやじの寿命が尽きる頃には,太平洋戦争の解釈も“アジア解放のための正義の戦争”扱いになっているかもね.っていうか,すでにそんな流れに持っていこうとしている勢力が拡大しているように感じる.まぁ,ここまでの「覆される」シリーズで言いたかったのは,ちょっとでも油断しているとトンデモ解釈が定説になってしまうよ,ということです.誰だって,過去の黒歴史は葬り去りたいですからね.