翌朝

久しぶりの休日。
バーダックは一人外へ出た。
恐ろしいほどのいい天気で
彼の頭上には青い空がどこまでも広がっていた。

あの少女に会いに行こうと思った。

あれからセリパと別れて
宿舎に戻ったバーダックである。
普段ならセリパと10回も交尾をすれば
疲れ果てて泥のように眠るわけだが
夜がふけるに連れてどんどん目がさえてくるのだった。

あの女に会ってどうしたいのかは判らなかった。

休日でもサイヤ人戦士に私服があるわけでもなく
バーダックは部屋の隅においてあるボックスの汚れ物の中から
比較的血液のついていない戦闘服を探し出すと
それを身に付けた。
それからバーダックはボックスの陰から酒瓶を出す。
どこかの星からもちかえったその酒は
なぜか機械オイルの匂いがするのだけれど
酔うだけなら十分な効き目がありそうだった。

「工業用アルコールだよな、これは・・・。」

一気に飲むと腸がねじれるように痛くなる。
バーダックは腹をさすりながら白い雲の中に飛び出した。

うろ覚えのその場所についた時はもう昼を過ぎていた。
昨夜はまっくらでよくわからなかったのだが
改めて訪れたその場所は
本当に奥深い山岳地帯の中腹にあった。
質素なデザインにカムフラージュされているものの
よく見ればかなり大型の発電システムが装備されており
繁殖用のメスの小屋としてはおかしな雰囲気の建物だった。
そのくせ誰の警備がついているわけでもない。
違和感を抱えながらも
バーダックは堂々と敷地へ入っていく。
あの少女が誰の持ち物でもよかった。
それほどあいたかったのだ。

飾り気のないドアの前に立つ。
ノブに手をかけようとしたとき
家の裏手のほうで人の気配がした。

バータックはふらふらとそちらの方向に歩みを進めた。

視界が広がる。
目の前は大きな花畑になっていた。
甘い花の香りがした。

バーダックはあたりを見回す。
視界の先に白いドレスの少女が見えた。

その・・・彼女はとても色素の薄い肌をしていた。
真っ白な花びらに包まれたその少女は
長い髪を風に靡かせて
光の中に溶け込んでいるようにも見えた。

バーダックは言葉を失った。
自分が何をしに来たのか
本当にわからなくなっていた。

「だあれ?」

そのときバーダックに気づいた少女が言った。
その声は小さいけれど
おびえている様子ではなく
とてもよく通るきれいな響きだった。

「・・・む・・・
誰といわれても・・・
参ったな。」

バーダックは思わず頭を掻いた。

「どうしてここにいるの?」
「うーん
どうしてだったかな?」

それはとても間抜けな会話だった。
少女・・・に見えるその娘は
頬に傷のあるいかつい男を見ても
怖がる様子をまったく見せない。
普段からそのいかつい顔で
相手をおびえさせているバーダックである。
こういう反応は初めてだった。

「おじさん、お花好き?」

おじさんといわれて
そーじゃねえ、と突っ込みをいれたい所だったが
そうする気にもなれず
バーダックはだらだら汗をかいた。

「お前、俺を見て怖くないのか?」
「どうして?」
「ほら、俺はここにこんな傷跡があるし
目つきだって悪いだろう?」
「あら、
私はもっと怖い顔の人を知ってるもの。
だいじょうぶよ。」

話してみると少女は
とてもしっかりと受け答えをしていた。

ほう、とバーダックは声を漏らし
改めて少女の顔を見つめた。
彼女の瞳は限りなく黒く
その奥には輝く青い空を写しこんでいた。

「一緒にすわらねえか?」

柄にもなくやさしい声で
バーダックは彼女に語りかけた。

短い草がびっしり生えたスペースに
白いベンチがおいてあり
バーダックはゆっくり腰を下ろした。
少女もにっこり笑って隣に腰をかける。

「おまえはここでなにをしてるんだ?
ひとりなのか?」

そういうと少女はバーダックの顔を見つめて答えた。

「赤ちゃんを育てているの」
「赤ちゃんだと?
そんなものどこにいるんだ?」
「ここよ」

周囲を見渡すバーダックに
彼女は自分の下腹部をそっと指差した。

「ここにいるの・・・。」

バーダックは思わず彼女の顔を見つめなおした。

「ここって・・おまえ・・・妊娠してるのか・・」
「もう半年も経ったら生まれてくるの。」
「繁殖というのはもっと大人のメスがするもんだと思っていたが・・・。」
「あなたは何も知らない人なのね・・・」
「おう。
はらんでるサイヤ人の女を見たのも
実ははじめてだ。」
「あなたたちは人工授精で繁殖するタイプなのね。
そういう人たちは一人の女が何人もの子供を産むわ。
そして誰が母親なのかは
あなたたちにはわからないのね。
・・・私はね、
オンリーワンなのよ。
誰かの子供を生むためだけに育てられて
生涯で一人だけの出産を許される女なの。」
「ふうん・・・・
その子供を生んだ後は自由になるのか?」
「子供が2歳になるまでは
私が身の回りの世話をするの。
楽しみだわ・・・」
「その後は
どうするんだ?」

少女はひざの上で手のひらを組みなおした。

「死ぬの。」



周囲の音が消えたと思った。


「サイヤ人の戦士に母親は要らないでしょう?
だから。」
「お前はそれでいいのか?」
「・・あなたは・・」
「・・・」
「あなたはフリーザ軍にくわわっている戦闘員でしょう?
たぶんとても強いのね。」
「まあな」
「・・・あなたは殺して楽しい?」
「・・・」
「それでいいとおもっているの?」
「・・・いやなところをつくんだな・・・。」
「私は・・・あの人を尊敬しているの。
あの人がだいすきだから
あの人の子供を生むし・・・
小さいときからそういう風に育ってきたのよ。」
「・・・そうか・・・」

バーダックは立ち上がった。

「あんた名前は?」
「名前なんかついてないのよ。
おじさんは?」
「おじさんじゃねえ。
バーダックだ。
・・・また話しに来てもいいか?」
「ええ
私も殆ど一人でここにいるから・・・。」
「じゃあ今度
体力のつきそうなうまいもん
持ってきてやるよ。」

自分らしくない言葉が出て
バーダックは苦笑いをした。

・・・また話しに来てもいいか?

こんなうぶな言葉が自分の口から出るだなんて
なんだか笑えてくる。
少女の言う「あの人」が気にならないわけでもないが
たいていのサイヤ人が相手なら
彼は負ける気がしなかった。
自分の宿舎に帰りながらバーダックは
今度いつ彼女に会いに行こうかなどと考えていた。

その後月に一度の休みのたびに
バーダックは彼女のもとに訪れた。
果物やらお菓子を持って訪れるその姿は
まるで少年のようだった。
会うごとに彼女のおなかは大きくなっており
いつか服の上からも
赤ん坊の動きがわかるようになると
バーダックもおそるおそる
それをさわってみた。
1つの命を奪うことなど一瞬の力加減なのだが
1つの命をはぐくむのがこんなにたいそうなことだとは
本当に驚くことばかりであった。
彼女が時々辛そうにしていたりすると
まるで自分が父親ででもあるかのように
どきどきしてしまう。
自分のことは木の股からでも生まれたように考えていたのだが
それでもやはり顔も知れない母親が
このように自分を産んだのかもしれないと思うと
とても不思議な思いがした。

実はバーダックにも一人子供がいるのである。
下級戦士ではあるけども
ずば抜けた戦闘センスを持つ彼は
軍の命令で精子を提供するように言われ
その精子は
フリーザ軍による人工授精に使われたのである。
その受精卵は見事に育ち
今は人の形になって
どこかのコロニーで生きているはずであった。




彼女の子供の父親が誰かは
彼女は最後まで言わなかったけれど
彼女の様子からその人物が
彼女をとても大事にしていることが判った。

もう
それでいいとおもっていた。






そしてはじめてであったときから
半年後のある日。









彼女はどこかに消えてしまった。

すでに更地になった建物の跡で
バーダックはいつまでも夕日を浴びて
たち尽くしていた。