…どのくらい時間がたったのかは
わからなかった。

真っ暗な闇の中にトランクスの意識があった。
生きているのか、
死んでいるのか?
自分ではどうしてもわからなかった。
肉体の感覚がない。
思考だけがはっきりしてきた。

トランクスは闇に目をこらす。
このどこかに
悟飯がいるのではないかと思ったのだ。

悟飯さん?
悟飯さん?

頭の中で呼びかけてみる。
もう一度
彼の声が
聞きたかった。

しかし。
浮かび上がってくるのは
ひとつの映像であった。

それは
真っ黒に焼け焦げた手袋。

それは
幼かったトランクスが覚えている
ただひとつの父の形見。
あれはどんよりとした雲の下だった。
自分はほんの赤ん坊だったはずなのだ。

なのに。
覚えている。

瓦礫の中に呆然と立ち尽くす
母親の姿を。

ポツリ、ポツリと落ちる雨の雫。
母さんは天を仰いでたっていた。
自分はたぶん他の誰かに抱かれて
その姿を見ていたのだ。

戦闘が行われていたはずのその場所は
一面全てが焼き払われていた。
もうそこには何も残っていなかったのだ。
何も。
全て破壊しつくされ
そして焼きつくされたあとだった。
あたりを何度も何度も見回していた母さんだった。
そのうち
母さんは真っ黒に焼け爛れた地面を
素手で掘り返しだしたのだ。
捜していたのだ。
父さんがここにいた、という証を。

そして母さんは
声を殺して
泣いたのだ。
雨が本降りになるころに
焼け残った廃材の間に残っていた
片方だけの
黒焦げの手袋を見つけて。

母さんは泣いたのだ。
手袋を握り締めて泣いたのだ。

母さんは
どしゃ降りの雨の中
激しい雨音に
泣き声をかき消されながらも
父さんの名を呼んだのだ。

何度も何度も呼んだのだ。

母さん、
お願い、泣かないで。
俺が
あなたを守るから…。
きっと
守って見せるから。



額の冷たい感触にトランクスは目覚めた。
意識はまだぼんやりとしていた。
全身を鈍い痛みが襲ってくるのだが
何だか夢の中のようでもあった。

俺は生きているのか、死んでいるのか?

そっと腕をあげようとする。
かすかに指が動く。

生き長らえたようだ。

そう思った。

仰向けに倒れているのは間違いなかった。
全身が地面にめり込んでいるようだ。
そして肉体にかなりのダメージを受けているらしく
全く身動きが出来なかった。

目の前に抜けるような青空が広がっていた。
白い雲がゆっくり流れて行く。
まばゆい陽光にトランクスは思わず目を細くした。

ここは何処なんだろう?

どこかの空き地のような感じがする。
周囲を見渡そうとしても首が動かない。
しかし植物の青い香りがする。
名も知らない雑草の上に自分は倒れているようだった。
不思議と今痛みは感じなかった。
痛みを感じる神経が麻痺してるのかもしれなかったが。

「お兄ちゃんが目を開けた!」

近くで子供の声がした。
幼い男の子の声だと感じた。

「みんな来てよー
生き返ったよ!」

するとばらばらと足音がして
たくさんの人の気配が集まった。
いくつもの顔がトランクスを覗き込む。

「生き返った!」
「生き返った!」

それはたくさんの子ども達であった。
10人近くいるのではないか?
男の子も女の子もいる。
年のころはみんな10歳にも満たないと思われた。
とても嬉しそうな顔をしている。
冷たい感触は大きな葉っぱの様である。
誰かがトランクスのおでこにはっていたのだ。

「よかったね」
「よかったね」

子ども達は嬉しそうに笑いあった。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

小さいけれど明るい感じの女の子の声がした。
とても可愛い声である。
トランクスはそちらに顔をむけたかったが
どうしても身体は動かなかった。

「ほんとによかった。
目がさめて。」

その声の主は続けた。

「もうすぐ救急車がくるから痛くても泣かないでね。」

声の主がトランクスの顔をちらりと覗き込んだ。
長い黒髪。
黒い大きな瞳。
それはまだ幼い少女のようだった。

…痛くても泣かないでか。

痛くて泣いたことなんかあったっけ…

トランクスはかすかに笑うとそのまま目を閉じた。