ぶすぶすとくすぶり続ける炎。
目もあけられないような土煙の中で
ひとつの人影だけが残っていた。

瓦礫に半分埋もれたままで
緑色の物体に抱きしめられたその影は
たったひとつのシルエット・・・。

残っていたのは
悟飯の姿。

泣くことも
叫ぶこともできないで
ただ呆然と目を見開いた
小さな悟飯の
孤独な姿。





「逃げろ!
悟飯!!!!!」

そのときピッコロはのどが張り裂けんばかりに叫んだ。
小さな悟飯に向かってうねりをあげて
迷わず向かっていく黒いエネルギーの塊。
悟飯の目にもそれは映っていた。
しかし悟飯は動かなかった。
とても彼は戦える状態でなかったのだ。

父親が突然死んだ。
何の前触れもなく。
体に何らかの不調があるといっていた父親は
検査入院をするはずだったその日の朝に
突然死んでしまったのだ。

一言も残すこともなく。

悟飯はまだ泣いていなかった。
泣き方を思い出せなかった。

目の前に迫りくる闇。
悟飯は思わず目をつぶった。
このまま死んでしまおうと
それでもいいと考えた。

「悟飯!!」

その瞬間
悟飯を大きな体が抱きしめた。
懐かしい香りのする
緑色の肉体が
覆い被さるように正面から
悟飯を抱いた。
あたたかく
たくましい胸が
悟飯の体を抱いた。

「ピッコロさん…?」

ピッコロの息が
悟飯の頬をやさしくなでた。
太い腕が
しっかりと
悟飯の
背中を抱いた。

「死ぬな。」

確かにそういった。

目の前が白くなり
全ての音が消え
二人は爆風に吹き飛ばされた。





それから何年もたった。
わずかばかりの荷物をかばんに詰めて
悟飯はゆっくり立ち上がった。
自分のデスクを手のひらで何度もなでてみる。
自分の愛用した文具は全てきれいに整頓した。
壁いっぱいの書籍。
彼を取り囲む多くの書籍が
悟飯を見つめているような気がした。
それは祖父である牛魔王がそろえてくれたものだ。
大きな図鑑がある。
たくさんの百科事典もある。
小説も写真集も
母親に隠れて楽しんだ漫画も今はちゃんとそろえておいた。
学習参考書は母親がそろえたものだ。
それらには丁寧な書き込みがしてある。
赤や、青のボールペンで。
アンダーラインも引いてある。
何度も何度も読んだのだ。
勉強が好きだったのだ。
悟飯は唇をかみ締めた。

自分の腕があった場所を横目で見る。
もう隠せなくなったのだ。
自分が戦っていたことを。
夫を失い悲観にくれる母親を
これ以上悲しませたくはなかった。
だから今まで黙っていたのだ。
自分が人造人間と戦ってきたことを。
小さな怪我ならごまかしてきた。
しかし片腕を吹き飛ばされた悟飯は
もうごまかすことができなかった。

「親に黙って
そんな危ないことをしてただか…」

母親はそういった。

「ドラゴンボールがあったら
悟飯ちゃんの腕も治るのに…」

お母さん。
ドラゴンボールをこの世から消したのは
僕なんですよ。

あの時僕が強ければ…
自分の体さえ守れていたら
ピッコロさんは生きていた。

神様を殺したのも僕なんですよ。
ドラゴンボールがあったなら
クリリンさんもヤムチャさんも死ななかったでしょう。

みんな僕の責任なんですよ。

悟飯はもう一度顔をあげた。
中には原形をとどめていないほど傷んでいる本もある。
悟飯はそっとその一冊に手を伸ばす。

これは大好きな動物の絵本だ。
暖かい…。
悟飯は思わず目を閉じた。

小さな布団を2枚引いて
右に父親
左が母親。
うっすら覚えている・・・。
自分はその間に寝転んで
この絵本を読んでもらったのだ。

「ながいながい
ぞうのおはなは
なぜながい」

読むのはいつも母親だった。
父親は大あくびをする。

「チチ、
ながいからながいんじゃねえのか?」
「悟空さ!
それじゃお話になんねえべ!」
「そういうもんなのかあ?」
「んだ。」
「むずかしいなあ。」
「お話を楽しむには想像力が必要だべ。
きいてるだか、
悟空さっ・・・って
・・・もうねてるべ。
だめな父ちゃんだな」

父親はいつもすぐに寝てしまっていた。
母親はそれを見て微笑んでいたのだ。
毎日、毎日。

そうだった。

思い出し微笑む悟飯。
悟飯はその本の裏表紙を開いてみた。
大きなしみがついている。

その大きなしみは父親がよだれをつけた後だと
おおきくなってから彼は母親に聞いた。

「・・お父さん。」

悟飯は、つぶやいた。
聞き取れないくらいの小さな声で。

お父さんは死んだ。

ピッコロさんも
べジータさんも死んだ。

ヤムチャさんもクリリンさんも
天津飯さんも
みんな死んだ。

悟飯は一度はその絵本を
かばんに入れようとしたが
・・・やめた。

彼はもとの場所にそれを戻すと
大きく息を吸い込んだ。
そして
部屋を
出た。

ドアが閉まり
悟飯はもう
振りかえらなかった。






母親のチチは
寝室に閉じこもっていた。
この3日ほど
彼女はずっと泣いていた。

「僕はこの家を出ます。」

信じられない息子の言葉だった。

悟飯は秘密を持っていた。
チチは息子が超サイヤ人になれるのを今までしらなかったのだ。
その上戦っていたなんて。
何年も。

私はそんなに信じられない母親だったのか。

そう思いながらも彼女は
もし悟飯が「戦う」といったときに
それを認められるか自分に聞いてみた。

いやだ。

悟飯ちゃんはおらの息子だ。
かわいいかわいい一人息子だ。
大事な人と結ばれて
授かったかわいい命だ。
おらは
悟空さのお嫁さんになることを
ずっと夢見て生きてきたのだ。
悟飯ちゃんはおらの宝だ。
悟空さとおらが生きてた
証なんだ。

なぜそれがわからねえ。
親が子供を愛して
どこがいけねえんだ。
戦わないでけろ
悟飯ちゃん。

おらは
おらは
まちがってるか!!!

「おらはどうしたらいいべ」

チチが布団をかぶったまま声を出した。

「お母さん。」

悟飯はそっとベッドに近寄る。

「僕は戦わないといけないんです。」
「それがそんなに大事なことなのけ?」
「…」
「おらは悟飯ちゃんが怪我をするのを見るのが
…耐えられねえ。
親が大事と思うなら
心配させねでくれ。」

悟飯は布団を少しめくってみた。
目を泣き腫らした母親の顔があった。

「お母さん。
僕は人造人間を倒したら
きっとこの家に戻ってきます。
そしていっぱい親孝行をします。
だから
僕を
許してください。」

母親は上半身を起こした。
涙があふれて
髪が乱れて
唇が細かく震えた。

「人造人間に勝てるだか?
べジータさんだって歯が立たなかった
人造人間に勝てるわけねえべ…」

悟飯はこぶしを握った。
自分を落ち着かせようと
何度も握りなおした。

「僕はこの家に帰ってきます・・・。」

寝室からでようとする悟飯。
チチは思わずつぶやいた。

「悟飯…おめえは狂ってる。」






泣きたくなるような青い空。
雲ひとつ浮かんでいない。
目に写る新緑の木々。
木の葉一枚一枚が光っていた。

悟飯は我が家を振り返る。
今でも父親の声が聞こえてきそうな気がする。
全てが夢だったなら
この世はどんなにすばらしいだろう…。
母親は思わずつぶやいた。

「悟飯…おめえは狂ってる。」

おかしいのはこの世界のほうだ。

狂っているのは僕じゃない。