どこからか鳥の声がきこえた。
僕はその鳴き声が聞こえてくる方に視線を向けた。
窓の外には鮮やかな緑や赤い花をつけた名前のわからない植物がフェンスを占領していた。
鳥の姿は見えなかったけれど、急いで立ち去ったのか、数枚の羽根が朝の光に反射しながら静かに舞っていた。
僕は窓を開けたい衝動に駆られつつも、目に見えないウィルスのことを考え、窓を開けるのを諦めた。
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「元気?」
彼女はいつものように僕に尋ねた。
画面越しの彼女は、窓の外で囁きあっている鳥の羽根みたいな模様が描かれた空色のワンピースを着ていた。
「いつ外に出られるんだろうね?」
彼女はまたいつもと同じ質問を繰り返した。
僕は曖昧に返事をしながら、部屋の窓から見える景色の写真を撮って彼女の携帯電話に送信した。
「懐かしい。今が一番綺麗だね。」
写真の中の大きく膨らんだジャスミンを覗き込みながらそう言った。
画面越しにベートーベンのピアノソナタ30番が微かに聞こえてきた。
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宅配ボックスに届いた荷物を開けると、少し濁った色合いのナチュラルワインのボトルが数本と、トリコロールの線で縁取られた真っ白な封筒が入っていた。
『 ◯◯くん
いつも画面越しに話しているのに手紙なんて、って思ってびっくりしていることでしょう。
寒い冬が終わってようやく暖かな季節を迎えようとしていた時に、世界は少しだけ変わりました。
家の周りのカフェは閉じ、パン屋さんのカウンターは味気のないビニールで遮られ、スーパーのレジでは人と人が間隔をあけるようになり、
恋人たちは隣同士に座って映画を見ることが出来なくなり、
私達みたいに離れた場所で生活するカップルは画面越しに手を合わせるしか出来なくなりました。
この先世界がどう変わっていくか不安ではあるけれど、電波だけで繋がっているのもやっぱり味気ないので、こうやって久しぶりに手紙を書いてみました。
あなたの部屋から見える窓の外の景色が大好きで、そちらに行くたびにずっと眺めていたのを懐かしく思い出します。
春が近づくと囁き出すうぐいす色の野鳥の声やジャスミンの香り、夏が来るとカラフルな実を大量につける大きなグミの木や蝉の声(蝉はちょっとうるさいけど)、
秋に香る金木犀、冬の澄んだ青空。
あ、それと、フェンスの縁を毎日散歩するトラ柄の猫ちゃん!
早く会いたいです。
あ、そうそう、今朝、森を散歩している時に綺麗な鳥の羽を拾いました。
なんて鳥だろう?
サイズからしてハチドリの仲間だと思うけど、、、あまりに素敵だったので、こちらの空気とともに手紙に同封しておきます。
では、世界が普通に近づいて、また会える日まで。』
手紙を読み終え、封筒を逆さにすると、小さな青い羽根が手紙の上に舞い落ちた。
ひらひらと落ちる羽の動きに合わせて、空気清浄機の振動とともに吐き出されるクリーンで無機質な空気で包まれた部屋に、森の爽やかな空気の香りが少しだけ漂った。
僕は彼女からの手紙と小さな羽根を窓に貼り付け、冷たい珈琲を温めなおし、パソコンを立ち上げ、書きかけの小説に文字を打ち始めた。
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宅配ボックスに先日注文したパンのセットが届いたので、僕はあらかじめプリントしておいた窓の外の景色の写真を入れた。
〜君の好きなパンと景色を送ります。
便箋の裏にそう書き添えて箱を閉じた。