ベビーカー論争、つまり、公共交通機関などにベビーカーで乗ることについて、賛成と反対が入り乱れること。
30年以上前は、ベビーカーはあまりなく、たとえあったとしても、電車の中などではたたむことになっていた。
ベビーカーは場所をとって、他の人に迷惑がかかるからだ。それなのに、ガキ連れが、たたまなくてよくする方向に変えたため、いつからか、大きな顔をして、場所をとっても悪びれた感じすら見せず、むしろ、当然といった感じで、いるようになった。
ベビーカーを不快に感じる人がいるのはなぜか、それは、ベビーカーでくるガキ連れが、場所をとったり、ガキがうるさいことについて、何も罪悪感を持たないからだ。いつの間にか、「ガキ連れ様」のように大きな顔をするようになって、ガキ連れは何をしてもよい、という感じで、公共の場に堂々と出てくるようになったことに対して、怒りを感じるからだ。権利ばかり主張して、義務を果たさない。ガキ連れは迷惑であるのに、それを感じずにいること、ガキが泣こうがわめこうが、一切何もせず、スマホを見ているだけとかいうバカ親ばかり。その状態で、公共交通機関にまで進出して、周囲の迷惑に対して、まったく意に関せず、傍若無人でいる糞ガキ連ればかりであることに怒りを感じるからだ。糞ガキ連れは迷惑でしかない。