ガタンゴトン。

 ゆれるローカル線の2両編成。

 人口3万人を切った私たちの市から、もう少し人の多い県の中央方面へと、

 未来につづく希望をのせて時速40kmではしる鉄の箱のなかで私はうつろだった。

 4月。

 なるべくしてそうなるように。

 水が高きから流れるがごとく進学した、ほどほど平均的な公立高校は家から電車を乗り換え30分。さらに駅から徒歩30分のところにあってそこへと向かう意味はよくわからない。

 がやがやとした車内の喧騒はきらいじゃない。

 過疎化、高齢化のすすむわが街からでも1時間に1本のこのせまい箱にはなんとかそれなりに学生がつまっていて、いわゆる文明崩壊後のSFふうな感覚をおぼえなくもない。

 もう既に終わった世界だけど、若者たちは今日も元気に生きている。

 それで自然と指の動きもそういった文字列を生成していくようだった。

 掌のなかの情報端末のつるつるした表面を私の指がかろやかに滑っていく。

 

 

<メモ

 

 あなたの目はいっさいのかたちあるものをうつしてはいなかった。

 色はうつろだった。

 

 

 

「ただ、ひとりではないことがどれほどこころづよかっただろう」

 頭上から声が降ってくる。

 私のあたまのなかにはなかったことば。

 スマホの画面から視線をひきはがし浮上する。

 前髪の陰にちらりと見える声の主。

 へらへらと、いや、ふわふわとの方が近いか? わらって立っている。

 私はスマホをポケットにしまった。

 台無しだ。リズムがくずれた。

 私は不機嫌さをそのままことばにする。

「死ね」

「えっ、何で」

 不快だった。

 目の前の存在も、それの干渉の結果私の口から生じた音のつらなりも何もかも。

「邪魔だから」

 私は立ちあがると、もう1両ある方へと車内を歩いていった。

 そしてふり返るとやつがいた。

「ねえ、さっきの詩もういっかい見せて」

 私の拒絶をものともせず笑顔のままで話しかけてくる。

 そいつに向かって、私は左手をふりかぶった。

 途端にガタン、車内がゆれてバランスをくずした私は後方へとつんのめる。

 あわててのばした右手は空を掴み、

 その手首をなまぬるい感触がしめつけた。

 同時に前方へと引き寄せられ、身体がバランスをとり戻す。

 最悪だ。

 世界は何ひとつ私の思いどおりにならない。

 同様に目の前のこいつにだって思いどおりじゃないだろうに。

 互いが互いに干渉しそれぞれの道を邪魔し合っているだけではないのか?

「ははっ」

 何が可笑しいのかわからないけど、思わずわらってしまった。

 けど、やつは本当に、こころの底からうれしそうな微笑みをうかべて

「びっくりしたね」とわらいかけてくるのだった。

 友だちでもなんでもない、ただ同じ制服を着ているにすぎないだけの何も知らないやつ。

 私は息を吐いて、顔を上げ、前髪を少しはらいのける。

 見覚えのある顔がそこにあった。

「えっと、」

 と私が口をひらきかけると同時に、ぱくぱくとやつの口も動いて、いくつかのことばのかたちを表した。

 一息に発された音のならびを分解し記憶と照らし合わせる。

 

「ああ、そうそう」

 たしかそんな……ような名前のやつが中学に一人いた。

 やつはもう一度微笑んで

「クラスいっしょだった」

「だっけか」

「班ノートに書いてる詩、いつも読んでた」

「うっ」

 中二のリアル黒歴史を急にえぐられうめきながらおもいだす。

 最初、カタコトだったクラスメイトの自己紹介。

 頬杖をついたまま見ていたら、はにかんだ表情と目が合って。

 だけど、一度も話したことはなかったはずだった。

「勝手にのぞき見るなよ」

 私はもういちどスマホをとりだし、

 やつの紡いだ詞を

 私のあとにつらねた。

 あたらしい音ののならびはぶつかりあって、

 まだ少し居心地がわるそうだったけど、

 今の私の心持ちにはそれもわるくなかった。

 

 

 

<メモ

 

 あなたの目はいっさいのかたちあるものをうつしてはいなかった。

 色はうつろだった。

 ただ、ひとりではないことがどれほどこころづよかっただろう。

 しずかな空間を

 あなたのはねる音がそめていく。

 空気の振動がもたらした微妙な変化をつたって

 音もなく

 かたちなきものはあなたの目にうつる。

 

 

 

 カタン、コトン。

 と、てつのはこがゆれながら速度をおとしていく。

 もうじき着くだろう。

 乗り換えるだけの小さな無人駅。

 きのうとは違う今日と、明日の中継地点。