バビロンベルリン
原作とドラマの違い
待ちに待ったバビロンベルリン。しかし情けないことに話の展開についていけない。人の顔を認識する能力に欠けているのは大いに認識しているが、原作を読んでいるだけに頭がこんがらがってしまう。ヴィキペディアに “ 原作とドラマとの違い “ が出ていたので読んでみた。
これは原作者フォルカー クッチャー自身のインタヴューをもとにして書かれているようだが。
このドラマの最初の2話は(今回放送分)原作 “ 濡れた魚 “ といくつかの点で相違するが、それはクッチャーが脚本家にすべての自由裁量を許している。
クッチャーは主人公ラートを “ 意識して曖昧に描写している “ それにより “ 読者に自分自身のゲレオンを想像して “ 欲しいのだ。
俳優フォルカー ブルックスはラートを “ 彼自身、何をしたいのかはっきりとわかっていない男 “ として演じているがそれは小説の人物像と合っている。
登場人物のひとつひとつの脚色を模写しなくても良いとブルックスはわかっているのだろうとクッチャーは言っている。
そのような訳で、バビロンベルリンのラートは退役軍人でモルヒネ中毒、そしてストレス症候群で苦しんでいる。小説では彼の兄アンノが第一次世界大戦で前線兵士として参加していただけなのだが。
しかしこのドラマで一番大幅に書き換えられたのはシャルロッテ リッターの役である。
原作とドラマで重なり合うのは基本的に名前、速記タイピストとしての勤め先そして警察官になりたいと言う目的だけだ。
ドラマでリッターは貧しい機能不全に陥った家の出身で、片手間に時々売春婦としてお金を得ている。それにひきかえ “ 濡れた魚 “ では庶民的な家庭の出身で殺人課で速記タイピストとして法律学の学業の資金を得ている。
ニックネームでさえ原作では “ チャーリー “ ドラマでは “ ロッテ “ と異なる。
ドラマではこれからもゲレオンと恋愛関係はない。
ドラマでは原作にはない登場人物がいる。例えばラートの義理姉ヘルガと彼女の息子、外務大臣シュトレーゼマン(実在の人物)それにアルメニア人。
アルメニア人は原作での重要人物ヨハン マルロウをもとにしている(ドクターM、” ベローリナ “と言うギャング組織の黒幕だ)
それに加え、映画化されたドラマでは登場人物が原作とは違った行動をする。
ブルーノ ヴァルターは原作ではシャルロッテ リッターをゆすってセックスをしていない。
原作と違ってヴォルターは最後、ガス爆発で死ぬのではなく、重症の傷がもとで後になって死ぬ。
シャルロッテ リッターの母親は原作では梅毒で死なない、彼女は後の巻で熱烈なナチスの崇拝者として生きている。
他の登場人物もドラマのため明らかに脚色されている。
原作ではアレクセイ カルダコフとスヴェトラ ソロキンの役は陰謀の網の中の謎めいた人物としてだけで、ラートはその陰謀の真相を究明しようとするが、カルダコフもソロキンも表立って現れない。
それに反してドラマではこの2人の主役俳優は複雑な副次的筋書きで、明らかにドラマを盛り上げている。
しかしと最後にクッシャーは語るが、” 演出家は原作の核心に忠実である “ と。
それが彼の物語に留まろうが、またはもっと逸れようが。
原作では数々の出来事には触れていない、例えばコンラード アデナウアーへの面目を潰すようなポルノ写真の脅迫とか秘密のドイツ空軍基地の調査、違法な毒ガス輸送ならびにSklarekスキャンダルなど。
これらは第3巻ゴールドシュタインで過去の出来事としてやっと挙げられる。
なるほど、なるほど。奥が深い。
アデナウアーのポルノ写真はともかくとして、Sklarek-Skandal は実際にあった話らしい。今度暇があったら読んでみよう。
