モテない男の存在感はとても軽いものです。
可愛らしい子犬に勝てることさえないでしょう。
もし、今日黙って消えてしまったとしても、いったい何人
の人が気付くことやら。
まあ、そんなものと思われます。


人はなぜ生まれてくるのでしょう?
人は何のために生きてるのでしょう?


その昔はこんなことを考えた若者が沢山いたようですが、
昨今では、あまり深く考えられないのかもしれません。
例外を除いて。
その例外とは、おそらくモテない男とモテない女です。


最初の問いは、実は簡単です。
本当は考えるまでもありません。
なぜなら、それは偶然に過ぎないからです。
恐ろしく現実的ですが、つまり精子と卵子が受精したから。
それだけ。
生まれながらにして、何等かの使命等を背負わされた人など
滅多にいるものではありません。


問題になるのは、後者の問いです。

「何のため生きてるのだろう?」という問いは自己の存在理
由に直結します。

得てして、モテない人というのは、他に目ぼしいものがあり
ません。
たとえあっても、その点に価値を見出すことができません。
ただ、自分に相手がいないという事実が大きく圧し掛かり、
自分には存在する価値がないのだと思ってしまうのです。


これが不幸なことに、実はそう外れてはいないのです。
卵が先か鶏が先か、に近いですが、どちらが先ににしても
存在感のなさとモテないことは負のスパイラルになっている
ように思われます。


そうかといって、私もそうだし、他のモテない男もきっとそ
うだと思いますが、特に恋愛至上主義ということではないの
です。(モテない女性についてはわかりません)
ただ、相手がいない現実に、どうしようもない疎外感を感じ
ずにはいられないのでしょう。


思うに、それは売れない役者によく似ています。
役がもらえなくて、映画や芝居に出ることのない役者は役者
といえるでしょうか?
そりゃあ、「役者です」と自称することはできますけど・・・


モテない男は、「僕は男です」「私は人間です」って胸を張って
言い切ることができないのです。
なぜなら、役割が与えられていないからです。


逆をいうと、相手がいる人は、恋人、夫、父というわかりやすい
役割が与えられているので存在価値や理由を認めやすいと言え

そうです。
それが実体をともなっているかどうかは判定できませんが。


おそらく、自分の存在理由は自分で規定するものです。
その昔に哲学者だったか思想家だったか忘れましたが、そんな

ことを言ってます。
そして、それは人間だけが、し得ることです。
人間だけがしなければならない、とも言えますが。


そうは言っても、「俺の存在理由はこれだ!」と己が思うだけで良
いものか、という疑問が浮上してくるもの。
たった一人ぽっちで生きているわけではないからです。
他者との関連はどうしたって発生してしまうのです。


それなのに、たった一人ぽっちで生きてるとしか思えない、という
のが、モテない男というものです。
間抜けといえば、確かに間抜けな生き物です。