散歩から父ちゃんが帰ってきた。
キッチンでジャージャーと水を流しながら、ガシャガシャ音をたてている。
何してるのかと思いつつも、放っておいた。
こういう時、声をかけられたくない人だから。
そのうちに、砂抜きはどうするんだと言う。
みたら、アサリだった。
どこから、アサリを
散歩していたら、海沿いでアサリとりをしている人がいたらしい。
それで、落ちていた木片で砂を掘ったらとれたという。
夕飯の味噌汁に入れよう。
ちょうど2人前。
父ちゃんとそんなやりとりをしている間、ちーちゃんは玄関でいいコにおすわりをして待っていた。
父ちゃん……
あさりよりちーちゃんの足を先に洗ってあげなよ。
そう思うけど、実際、どっちが先の方がいいのか、よくわからない。
普通なら、ちーちゃんなんだろうけど……
父ちゃんは軽い認知症。
もし、アサリをキッチンに置いて、ちーちゃんの足を洗ったら、アサリのことは忘れてしまう。
アサリを先に洗ったら、ちーちゃんが玄関にいることを忘れてしまう。
どちらも、必ず起こることではありません。
稀に起こるというだけです。
玄関で待たされているときのちーちゃんの心許ない感じを見ると、かわいそうなんですけど……
やっぱり、ちーちゃんが後かなぁ。
玄関においたままのちーちゃんを思い出すことは難しいけど、いないことには気付けるから。
アサリは忘れたら、砂抜きしないまま、夕方まで常温でシンクに置きっぱなしになってしまう。
ちーちゃんは、許可なくかまちを上がってはいけないと思っていて、放って置かれても、待ってる。
いいコ。
どのくらい待てるかは試したことはないけど、5分くらいなら待ってるような気がする。
たまに玄関で待たせたまま、父ちゃんがちーちゃんの洋服を洗い始めたりするから。
父ちゃんは病気で倒れて、真っ直ぐ歩けない時期もあったけど、ちーちゃんと散歩して、歩く距離をのぼしていしました。
自分1人なら、ちょっと歩いて休憩ってなっちゃうけど、休もうと思う隙を与えず、歩くちーちゃん。
ちーちゃんがどんどん行っちゃうんだ。
そういいながら、歩いて歩いて、歩けるようになった。
歩くうちに認知症の症状も少し軽くなった。
最初はこのままいろんなことがボヤけていくのかな、と思っていたけど、ちーちゃんの世話をしてたら、輪郭が少しはっきりした。
犬の散歩は、人間だけの散歩より頭を使う。
それにお世話も頭を使う。
犬の排泄物を拾わなきゃいけないし、拾う時、周囲に気を配らなきゃいけない。
排泄物で健康チェックもある。
前から犬がきた時も、注意が必要。
散歩から帰ってきたら、怪我がないかチェックするし、
排泄物はちゃんと捨てなくちゃいけない。
朝晩のごはんもあげるし、ブラッシングもする。
そういうことが、ぼんやりした1日に輪郭を持たせてくれて、父ちゃんの脳みそが活性化した気がする。
気のせいかもしれないけど。
そういえば、
犬を飼っている人は飼っていない人と比べて認知症を発症するリスクが40%低くなってるというニュースを見た気がする。
父ちゃんはすでに発症はしてるけど、ちーちゃんのいない生活よりいる生活の方が刺激が多いから、進行が鈍っているのかもしれません。