左手に今の自分。

右手に理想の自分。

そっと合わせてこんにちはネガティブ


サトウヨウコです。




2014年で時が止まっています。



11年前かあ…

私はまだピカピカの20代だったなぁ…


ひたすらバイトに明け暮れて、

飲んだくれて。


それなりに大変なことも多かったけど

旅行に行ったり、

仲間たちと色んなおしゃべりをしたり、


時には殴り合いの喧嘩までして(!?)、


ほんとに楽しかった。



まぁ、容赦なく時間は進んで、

予想だにしない出来事とも遭遇するのは

ある意味で、人生の醍醐味なのかもしれない。








日本橋の小網神社にふと立ち寄り、

銭を洗ってきました。


御守りとして、財布にしまっておきます。


増えますように………。





父が亡くなってからというもの、

私たちは様々なことに追われるようになりました。


各種手続きと遺品整理、

父のパソコン、スマホのデータから友人知人に報せを送り、

葬儀の準備をしては

バタバタと日々は過ぎてゆきました。



ある夜、父のスマホ内にある仕事関係のやり取りを確認していると

誰もが知っている有名企業の数々から

仕事依頼を受けていることを知りました。



「こんなに大きな会社から仕事を貰っていて、

どうしてこんなことに……??」



ちょうどそのとき、父のスマホに

ある社員の方から一通のラインが届きました。



『◯◯◯◯との仕事、獲れました!!』


超名門大学が関連する有名企業でした。



もちろん私は、

父の会社のことはなーーんにも知りませんでした。



一切、なにも、知りませんでした。




それでも、

父の下で働いていた社員さんたちが

父の復帰を願い、

懸命に会社を伸ばそうと努力されていたことが

一瞬で理解できてしまったのです。



私の思い過ごしかもしれませんが、、、




それからはいても立ってもいられず、

私はその社員さんに連絡しました。


見えない何かに突き動かされるようにして。




『私に何かできることはありませんか?』




本当はもっと感情的で、つたない、

溢れんばかりの思いで書き殴った文面を

押し付けるようにして送信しました。


ここでやっと、悔しい気持ちを自覚したんだと思います。


何も知らなかった自分、何もできない自分、

死ぬまで目を逸らしていた現実が、あの父にあったことに。





この方は、サヤちゃんと呼ばれていて、

父はサヤちゃんに会社を継いでほしかったようです。



私自身も、会社をどうにか存続させられる手段があるのであれば

そうしてほしいと心の底から願っていました。



しかし現実はもう取り返しのつかないことになっていて。




非常識に送り付けたラインが深夜だったにも関わらず、

翌朝、すぐに返信をいただけました。


驚くくらい快くお返事をいただけたことに

内心とてもホッとしていました。




『会社の状況をご説明したいと思いますが、時間のない状況です…』



連絡が取れた時点から一週間ほどで、

相続をするのか、しないのか決めなければいけませんでした。



私はすぐにサヤさんと会うお約束をして、


会社の状況と、父の負債額、

家が差し押さえられる理由、、

一からすべて説明していただきました。




待ち合わせた駅ナカにある居酒屋で、

初対面にも関わらず飲みホーダイをオーダーし、

サヤさんは顔色ひとつ変えずに

どんどんグラスを飲み干していきました。



話しながら、不覚にも盛り上がってしまい

二人ともがどうしようもない焦燥を抱えながらも

私たちは分かち合える範囲で、

それぞれの想いを打ち明けました。


こんなふうに誰かと話せることが、

分かり合えることが、

心強く、頼もしい気持ちになるということを

久しぶりに実感したと思います。



そして、サヤさんを介して

私たち家族が知らなかった父の、

リーダーとしての姿を思いがけず見ることができました。




その晩のことは、

これから先もずっと私にとっての大切な記憶として

心の中に残り続けるんだと思います。