門前仲町を歩く | ”人生の暗証番号”発見の旅 ウォーキングゼミ 

門前仲町を歩く

門前仲町 なんとなく江戸の響きがあり、人々の活気が伝わってくる。

まだ正月気分が残る1月某日日曜日、私はA君と待ち合わせた。


家族連れ、若いカップルの人混みの中を上流に向うサケの

ように泳いで行く。屋台の匂いが時折り誘惑するのだが

流れにまかせて進むしかない。


「下町情緒もなかなかいいもんですね。」クリクリとした目の

A君はより目を丸めて微笑んだ。

「天気も日本晴れ、スタートにふさわしい日だよね」と私が言った時

深川不動尊の大きな屋根が見えたきた。


成田山新勝寺の東京別院だけあって本堂は重厚で年代を感じさせる。

「ノウマクサンダ・・・・」ちょうど僧侶が護摩を焚いていた。広い本堂が

狭く感じるほど大勢の老若男女がお詣りしている。


本堂の奥、エレベーターに乗ると黄金に輝く何百という大日如来像が

鎮座する眩いばかりの広間がある。境内の賑わいと又別次元のような

静寂が息づいている。


こういう空間に身を置くと瞑想に入る ---静寂が何とも快ち良い。

静寂と一体化すると宇宙が観えてくるのは何故だろう。


深川不動尊には四国八十八箇所巡りのミニコースまである。

ちょっと四国に想いを馳せると若き日のあの空海の顔が浮かんでくる。

いつの時代も青春は苦悩と歓喜が躍動するように交差する。

生きる謎のように新鮮だ。若者はいつの時代も空海でありハムレットなのだ。


神仏習合、隣接する富岡八幡宮に向かう道に出た時、明るいA君の顔が

何故か曇っている。「どうしたの?」という目を向けると彼はしばらく空を

仰ぐようにしてから話した。


「こんな賑やかな処にいると、妙に会社の上司や同僚の人間関係について

心から笑えない何かギクシャクとした世界が逆に思い浮かんできてしまって

自分が何か無理をして生きているなあ・・・変ですねぇ」


私は自分の28歳の頃を思い出した。

彼は商社に勤めているが、人間関係ほど

大切な能力はない世界かもしれない。

事実、社会に出て最初にぶつかる大きな

課題は人間関係だろう。大半の人々が

「A君、私は引きこもりの元祖かもしれないんだ」

「えっ・・・!?」

A君は意外だという表情で私を見た。


「生きるとは、人間とは何か、解答のない暗いトンネルに

入ってしまった若き日。私は非常に暗い若者であり

人に会うことが苦手だった。自殺まで考えた時期も

会った位だ。」”へぇーっ!?” A君は益々意外だという

表情を見せた。「確かに今は人に会うことが好きだし

人間関係が楽しみになっているがこうなるまでに

誰もが通るプロセスが人生だと思う。プロセスを大切

にすることが生きる意味ということに気づいたのかもしれない。」


「リストラの危機感のような空気が何処かにあって、同僚も

みんな自分のことしか考えられない、上司も又立場上の発言

はしますが・・・・何か人間不在というか心が渇いている・・・・・。

よく経済再生という言葉は聞きましたが、今の社会、人間再生が

その前に必要な気がする。何のために働くのか、何人のために

生きるのか、生きる指針が欲しい・・・」真顔のA君を見て私は

ホッとした。まだ日本は大丈夫かもしれない、と。


富岡八幡宮の境内に伊能忠敬の銅像があった。今はやりの

ウォーキングの元祖のように何か胸中に志を秘め力強く前に

向かっていく歩く姿、動きを感じさせる珍しい銅像である。

当時、家督を譲り(定年)若き日から人生の夢に向かい51歳

から天文学を学び始め、56歳から日本地図を作成するために

測量を始め、17年間かけた伊能忠敬は2007年問題(団塊世代

の定年後)の解答を示す輝く生涯、自己実現の時代の偉大な

ヒントがあるようだ。


つづく・・・