普段、自分が歩けなくなったことを考えたことはありますか? けがや運動機能に問題のない方々は歩かない日はないでしょう。しかし、歩けなくなったら自分の力でトイレにも行けなくなってしまいます。想像し難いですね。

現在の日本は、先進国の中で最も平気寿命の長い国(平均寿命:女性857歳、男性787歳)と言われていますが、その一方、寝たきり人口が最も多い国でもあり、2010年の日本の寝たきり人口は170万人に達するとも予測されているのです。ちなみに肥満大国アメリカの寝たきり人口は日本の4分の1。わが国の平均寿命は確かに長いですが、歩行寿命はそれに比例していないようです。

以前、私はADL(日常生活動作)とQOL(生活の質)の向上を支援する在宅介護の仕事に携わっていました。利用者の多くが女性でしたが、なかでも変形性膝関節症によって歩行の障がいを持つ女性が多くいたのです。とある調査によれば50歳以上の女性の66%が変形膝関節症を発症しているという事実がありますが、しかしこの原因は特定されていません。

人類は二足歩行という画期的な歩行方法を手にし進化を遂げてきました。しかし現在の人類は、体格や骨格から言って普通に使用した場合でも「膝の耐用年数は70年くらい」だとイリノイ大学のジェイ・オリシャンスキー博士の研究で明らかになっています。

介護の仕事に携わっていたとき、歩行補助具の適正化を測定する装置を独自に開発し、2年半に渡り老若男女を問わず約2000症例ほどの歩行状態の測定を行なう機会がありました。もちろん固定性疾患、進行性疾患の方々の歩行改善のための歩行補助具の適正化には役立ちましたが、さらに驚愕の事実が判明したのです。

右足、左足と連続動作で規則的な動きをする、これが正しい歩行周期と判断します。しかし、測定した~30代までの女性の8割近くが規則的な歩行周期ではなかったのです。この原因を数年に渡り考察してきましたが、単一の要因ではないと推測しています。

まず、日本人女性の8割が生まれながらにして内股O脚という説があります。それには江戸時代中期、経済が豊かになり庶民に着物が普及し、着物姿の女性は内股小股で歩くという振る舞いであったこと。また、正座が内股O脚に影響を与えているという説もありますが、どれも仮説の域を脱してはいません。

では、何が~30代女性の歩行に歪みを発生させたのでしょう。それは、靴の文化にあります。日本の靴文化は比較的に新しく、東京オリンピックを境に急速に普及しています。特に女性のハイヒールです。

本来、正しい周期的な歩行をするためには、まず踵(かかと)から着地し、足の裏の外側に体重移動し、親指で蹴り出し、次の足に同じ動作を移行し、これを連続させます。この動きを基に、下肢の必要な筋肉や関節が連動して動くわけです。しかし、ハイヒールを履いてこのような足の裏の動きが可能でしょうか? しかも日本女性のほとんどは、朝、家を出てから帰宅するまでこのハイヒールを履き続けているわけです。欧米ではハイヒールを2~3時間しか連続して履かないと言われています。

ここ数年、若い学生が踵を踏み潰して靴を履いたり、ボヘミアンタイプの踵が固定されていないブーツ、ミュールなどが流行しています。このような靴の履き方や靴は前述のような正しい足の裏の使い方に支障をきたすのです。

現に、この間違った文化が普及している年代の女性の多くは、内反足や外反足、さらに内股でO脚、立位では足をハの字にして立ち、膝が近づかない状態になっている姿を多く見かけます。これもハイヒールを長時間着用しているのと同様、足の裏を正しく使って歩いていないことが原因で、正しい歩行に必要な筋肉が発育または維持できず、不必要な筋肉が発育することによってO脚を進行させてしまっているのです。最近の若い女性に偏平足が増加しているという事実は、必要な筋肉の発育に問題が発生しているという証です。

また最近、若い女性の失禁が増加しているという話を女性の泌尿器科医が言っていたそうですが、これも歩行の歪みによる骨盤周囲筋群の筋力低下と関連があるのではと考えます。

このように今、多くの女性はお洒落や流行、美の為に健康を犠牲にしているわけです。現在の日本女性の靴文化は、清の時代まで続いた纏足(子どもの頃から足指を裏側に曲げて布で固く縛り、足の発育をおさえた風習)に類似していると考えます。女性高齢者の歩行寿命の問題もさることながら、~30代の女性が高齢者になる頃には、今よりもっと歩行寿命が短くなってしまっているのではないかと危惧します。

正しい靴の文化と歩行の健康診断のようなものが将来の寝たきり人口増加の抑制になるのではないでしょうか。しかも65歳になってからでは遅く、10代後半から歩きのケアを行っていくべきです。

最後に、1995年に製造物責任法が施行されました。様々な製品に注意書や使用法が添付されるようになりましたが、外反母趾や偏平足を誘発するような形状の靴に、その注意書や使用法が添付されているのを見ることはありません。