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ひろぴあののブログ

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はじめまして。


1回目からこんな表題ですが、今やっと自分を取り戻せつつあるので振り返る意味をこめて書いてみました。


もし怖いと感じたらここでお読みになるを辞めていただければ幸いです。


自分への戒めという意味で書いているのと、薬がどれだけ怖いかということをみんなに知ってもらいたいという意味で書いております。


さて今私は、人生の転機を迎えています。そう私が犯した失敗とは、「薬物依存」です。


経緯を書きます。



2008年8月お見合い、10月プロポーズ、12月入籍


2009年5月式、6月新婚旅行 以後夫婦生活開始 この式準備等でだいたい元妻がどういう人かわかる


2010年1月末 夜就寝中におき、全身痙攣発生、息できない 近くの救急病院にはだしで妻の肩をかりて大声で泣きながら、救急診察をうける。うつ病経験の妻がすべて説明。血中酸素濃度を計り状態から精神負荷の問題をしてきされ帰宅。看護師にいわれ落ち着く。ここから発作の毎日の地獄が始まる。


2010年3月 漢方開始 まずくて飲めず胃に苦痛をおぼえる。ここで体重減60kgから53kgへ


2010年4月    親に報告、そして薬を投与開始、ソラナックス リーゼでなんとかしのぎ始めた。

2010年4月1日  私傷病手当てをしようし休みに入る。

2010年4月初旬 外出不能へ、毎日過呼吸発作でペーパーバッグを10回以上恐怖に飲まれる。

2010年4月中旬 パキシルを投与することを主治医からいわれ投与。

            ⇒夜20mg 初日から二日ぐらい便秘及び腹痛の初期副作用でる

2010年4月末  パキシル開始10日ぐらいで効果出始める。

2010年5月    外出可能

      ⇒以後 パキシル リーゼ ソラナックスで回復を

見込み復帰、休みを繰り返す。

      ⇒すべては薬の利きやすい体で今から思うと 

どれも不安をとるというよりハイになって空元気。

     

2012年8月    休職から復帰時に リーゼ ソラナックス各4錠で復帰

            が仕事やりたいがために どんどん量がふえる

2012年9月~12月

            この時点で薬が大幅に増加、依存傾向

            MAX量リーゼ6錠、ソラナックス6錠4週間だしてもらい3週間でもらいにいくOD継続

            ハイになって部員に迷惑かける。

2013年1月25日

            過呼吸になりながらタクシーで通院し診察をうけ、「厚生労働省からの警告」により

            ソラナックス2錠/日、ヒルナミン2錠/日 に変わる

            変えざるを得なくなった。

            そして恐怖の一日が始まる

            そのあと都内のマッサージ店にいった。ベッドでマッサージしてもらっていたら

            不安なのか発作がおきた。そしてソラナックスでは聞かないし

            ベッドでの休憩の許可でたのでヒルナミンをごく少量のんでみた。

            ⇒錯乱状態へ陥る 目の前がぐるぐるまわり 心臓はバクバク、吐き気、ふらつき

            ⇒恐怖におののいて電車でかえってまたさらに心臓バグバグがとびでそうになった

            ⇒近くの薬剤師のいるところにいって救急できいた 薬の副作用だった

            恐ろしい経験をもとに

2013年1月26日から

            約3ヶ月リーゼはマックス6のところ15錠、ソラナックスはマックス6のところ9錠

            あわせて12のところ24錠倍量のんで3ヶ月暮らしていた。

 

            1回目の減薬をした。離脱はひどく全身痙攣 過呼吸 動悸 

            よってまた欠勤になっていった

2013年2月~  減薬したがなかなかこわくて死ぬ覚悟でがんばった。

2013年3月~  やっと落ち着いてきた。ソラナックスとリーゼの量もへった。

2013年4月    震災ボランティアへ2日でることに。前日入りで仙台へ    

            仙台若林区長浜へ。一面家が流された地区、防風林か防砂林として沿岸部にある

            木々もなぎ倒されている状態。まっさらな大地がむき出しに

            怖かったが必死にくらいついて一日畑の再生(ガラスや残留物とり)をおこなった

            10時から4時までで3時ぐらいにやっと残り1時間となったところでかばんの取っ手が

            ちぎれた破片をみつけ涙。ガラスとは違うなんか悲壮感を味わった。

            きてよかった 1000年に一度の大災害を目の当たりに経験できて。

2013年5月    震災ボラの疲れもでて5月から体力活動

2013年8月    再復帰。

2013年8月~   また再度依存に陥る。病院を転々とし量が増える

2013年10月~ 救急車依存(後で詳細記述)

2013年11月~  筋肉注射依存(後で詳細記述)

2013年12月~  セルシン投与開始2mg毎食後から あっというまに5mg毎食後 MAXへ

2014年1月~   病院を転々としセルシンの筋注もまだ続いていた

2014年2月    セルシン・ソラナックス依存

2014年3月    今通っている医院の先生からこれでは眠っている状態で動いているすぐ減らさないと

            死にますよ と減薬警告はいり 親と同伴でないと薬をださないと言われる

      セルシンは心拍を抑える効果が強い よって飲みすぎは心拍をさげ危ない。

      セルシンは規定制限量の1.2倍量ぐらいを飲んでいた

2014年3月    親と和解するためにすべてを吐き出し理解をしてもらうようした。

2014年4月    1日からやっと本格的減薬開始。

      この減薬中にもいろいろありました。それは後ほど書きます。

            

   以後経過観察中⇒順調


<まとめ> 昔は一人でも趣味があるから大丈夫と友人もすくなく一人で何事もできていた。それが精神崩壊してはじめての普通の生活ができないことでいらいらして友人もわからない対応で、やはり大変な思いだった。薬の怖さもしった。今はすっかり減薬にむいている。

皆様 最初から濃い怖いメッセージですがありがとうございました。


私への戒めとしても書いているので悪しからず。


それでは次の記事までお待ちください。


2014年5月4日22:18 記載