SAVE OUR SHIP | walkin' on

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アナログレコードのレビューを中心に音楽に関するトピックスを綴っていきます
 歌詞の和訳や、時にはギターの機材についても投稿します

レコード番号:SRCL 5140(SME) 2001年

 

 

 1972(昭和52)生まれのボクが浜田省吾のアルバムをリリースと当時に、つまりリアルタイムで購入して聴けたのは今回ご紹介するこの”SAVE OUR SHIP”(以下SOS)から後の作品になります。

 

 といっても2001年当時のボクは完全に洋楽ドップリで、省吾からはやや遠ざかっていました。

 そのうち、同じ共同住宅に住んでいた友人が、おそらくテレビの深夜番組を見て知ったのでしょう、ハマショーがラップやってるっぽいぞ、という不確かな情報を伝えてくれ、あわてて当時リリースされていた12インチシングルを数枚枚集めたのを覚えています。

 しばらくしてその既発曲を集めたアルバムとしてリリースされたのがこのSOSでした。

 

 

 

 

 ”FOR WHOM THE BELL TOLLS”(『誰がために鐘は鳴る』)の制作と前後して作曲のスランプに落ち込んだ省吾はその後も苦しみながら”その永遠の一秒に”を1993年に、さらにその3年後には”青空の扉”をリリースします。

 

 完成させた当時は自身のキャリアの最高傑作と公言していた”青空の扉”に続くオリジナル・スタジオアルバムの制作になかなか移行できなかったという内情もあるのでしょうか、その翌年にはリメイク集”初夏の頃”、2000年にはキャリア初となるベストアルバムをリリースしています。

 

 

 90年代後期~2000年代初期のことをご記憶の方も多いはずですが、あの頃の、特に国内アーティストに多く見られたのがシングル曲偏重のスタンスでした。

 ここでは名を挙げずにおきますが、フルアルバムのプロモーションとしてのシングルカットではなく、未発の曲を数か月ごと、中には数曲を同時にリリースし、それらを回収(?)するかたちでアルバムを数か月後にリリースするという手法がとられたのです。

 

 それだけ音楽シーンがアツかったという見方も出来ますが、既にチャートでのヒットを記録していた楽曲を集めた、いわば中途半端なベストアルバムのようなオリジナル・スタジオアルバム(^_^;)というものが当たり前のように流通していたのですから、ボク個人としては、あまり健全とはいえない状況だったと思っています。

 

 

 省吾が2001年にリリースしたこのSOSも、先行シングルだった”君の名を呼ぶ”の他に;

”青空”(”モノクロームの虹”のカップリング曲)
”…to be "Kissin'you"”
”Give Me One More Chance”
(”LOVE HAS NO PRIDE”のカップリング曲)
”LOVE HAS NO PRIDE この街の男は女のことで悩みすぎてる”
”真夏の路上”(”…to be "Kissin'you"”のカップリング曲)

 

と、全12曲のアルバムの中からちょうど半分の6曲がシングル及びそのカップリングとしてリリースされています。

 

  ただ、省吾が他のアーティストと異なるのは、シングル曲のレコーディングにあたって、それまで組んだことのないミュージシャンを登用したり、当時の流行にあえて乗ったスタイルを打ち出していることです。

 

 その最も分かりやすい例が”LOVE HAS NO PRIDE この街の男は女のことで悩みすぎてる”長い(;´Д`)これは異論のないところでしょう。

 なんせプライベートでも長い付き合いのあるという渋谷陽一をして、インタビューの中で

 

ただね、ちょっと何か無理矢理服を着ちゃったなっていう感じが。

 

(『ブリッジ』99年2月号)

 

と言わしめてしまったぐらいなんですから。

 同じインタビューの中で省吾は、いわば身内である事務所のスタッフからも抵抗があったことを明かしています。

 

 たしかにリリース当時は違和感を訴える声も大きかったように記憶していますが、よくよく考えてみれば歌詞の内容は男による女性への虐待、今でいうところのDVを採りあげていますし、タイトルはリンダ・ロンシュタットの歌唱で知られる70年代の曲と同一だったりと、やはり浜田省吾の中から生まれた、省吾の曲であることに変わりはないとボクは思っています。

 

 

 

 そして一方のアルバムバージョンでは省吾本人のディレクションのもと、シングルバージョンよりもタイトでクリアな音像にまとめるようアレンジし直されています。

 もちろん、曲ごとのキャラが立ちまくったシングルバージョンも捨てがたいのですが、残りのアルバム曲―未発表の楽曲との統一感を出すこと、何より冒頭からラストまできっちりと聴かせる

アルバムに仕上げるべく配慮されているのが、シングルと聴き比べてみるとよく分かります。

 

 

 

 

 80年代末期のバブル崩壊と、そこから長く続くことになる不況、その閉塞感の中で悩み苦闘する者達の姿を刻んだアルバム―SOSはそう表現できます。自身が精神的に参っていた頃の心情をつづった”青空”はまさにそれを体現しています。

 

かつて吉田栄作に提供した楽曲のセルフカバーにして、都市の路上のタフな空気を含ませた”真夏の路上”は次の”午前4時の物語”でさらに荒んだ光景につながり、”あい色の手紙”では恋人からの手紙を、おそらく刑務所の中で読む情景が描かれています。この3曲で描かれるストーリーの苦さがSOSの価値を大きく高めているとボクは思っています。

 

 さらに、愛しい女性がともに居ていくれることの喜びと感謝をストレートに歌った”彼女”の、プログラミングを駆使した浮遊感あふれるタッチは以降のアルバムでも採り入れられるようになりました。

 

 友人の葬儀の帰りの、タクシー運転手との会話を収めた”Theme of 'Midnight Cab'”は省吾の作曲ながら自身は参加していません。

 後のアルバム”JOURNEY OF A SONGWRITER”では先に世を去った友の志を受け継ぐことを歌った”誓い”が収められていますが、まだこの時点では自身の言葉で表現するところまでいかなかったのか、会話も声優によるナレーション―というより独白というかたちで収録されています。

 といっても、トランペットにエリック・ミヤシロ、ベースに高水健司、ピアノに小島良喜という名手を配したこの曲は完璧なまでのアコースティックなモダンジャズに仕上げられています。誇張抜きでジャズファンなら聴いて損のない名演です。

 

 

 そして、苦悩も不安も悲哀も孤独も全て受け入れて走り続ける、その情熱のアンセムとして”モノクロームの虹”のギターが力強く鳴り響きます。

 

 
 最後に、明日への希望を歌い上げた”日はまた昇る”が、シングルバージョンとは異なり、ストリングスとティンホイッスルを加えた、よりアコースティックなスタイルで歌われます。
 

 

 

 

 もしかしたらボクより若い世代の省吾のファンの皆さんにとってSOSは、なかなか親しみの湧きにくいアルバムかもしれません。”青空”の重厚なトーン、続く”…to be "Kissin'you"”のささくれだったような感触に付いていけず停止ボタンを押してしまう、もしくは他の楽曲をクリックしてしまう、という方がいても不思議ではないと思います。

 

 しかし、リリース当時に20代前半だったボクは、このアルバムに刻まれているのが2001年の空気そのものであることを、自信をもって断言します。

 あの頃に流れていた時代の風、空気の中に感じられた緊張感、その中で求める人の温もりの愛しさ。SOSの楽曲は輝いているというより、その陰影の深さゆえに際立っていると表現したほうがしっくりくるような気がします。

鉛筆