以前の投稿でスティング(STING)のアルバム”57TH&9TH”をご紹介しましたが、今回はその収録曲”One Fine Day”の歌詞について書いてみたいと思います。65歳(リリース時)のスティングがこの曲に込めた思いは、彼のキャリアとあわせて考察すると印象が違ってきます。
Optimists say
楽観主義者は
The future's just a place we've never been未来は私達のたどり着いたことのない世界に
なるという
Histories say
We're doomed to make the same mistakes again人は同じ過ちを繰り返す運命にあることを
歴史が示している
Between the two I can't decide
この二つから選ぶなんて出来ないReally I must choose a side
どちらの側につくかを本気で決めなければならない
I guess I’ll wake up smarter目が覚めた頃にはもう少し賢くなっているだろう
One fine dayいつかその日がきたら
Apologists say
The weather's just a cycle we can't change気候は人類の手に負えないサイクルを繰り返していると
いう説を擁護する者もいる
Scientists say科学者は
We've pushed those cycles way beyond人類はそのサイクルを乗り越えてきたという
Dear leaders, please do something quick指導者の皆さん どうか早急に何らかの手立てを
Time is up, the planet’s sick時間がないのだ この惑星は病みつつある
But hey, we'll all be gratefulでもほら、いつか感謝を捧げるはずだ
One fine day?いつか来るはずのその日に?
Today the North West Passage just got found今日 北西航路で
Three penguins and a bear got drowned3羽のペンギンとクマが溺れるのが見つかった
The ice they lived on disappeared棲家だった氷が融けてしまったのだ
Seems things are worse than some had feared
恐れていたよりも状況はもっと悪いらしい
It's progress of a kindこれでは進歩とは名ばかりのものだ
Who knows what else we're going to find?これから先 何を発見するのかなんて
誰にも分らない
So do you trust your head or heart
When things all seem to fall apart?それで 全てが台無しになってしまったら
理性と感情のどちらを信用するのかね
I guess I’ll wake up smarter
目が覚めた頃にはもう少し賢くなっているはずさ
One fine day
いつかその日がきたら
Today it's raining dogs and cats今日はひどい土砂降りだ
Rabbits jumping out of hats帽子からウサギが飛び出してくる手品
And now what's got us all agog私達は何に対して躍起になっているのか
Tomorrow it's a plague of frogs明日にはカエルの大量発生が起きるだろうに
We must do something quick or die早急に何か手を打たなければ死あるのみ
When snakes can talk and pigs will fly蛇が言葉を話し 豚が空を飛ぶようになれば
And we'll all be so much wiserいいかげん私達も賢くなるだろう
One fine day
いつかその日がきたら
スティングの過去の楽曲にあまりなじみのない方にしてみれば、あまりに直截的な歌詞の内容に目が点(°_°)になるかもしれませんね。冒頭にあるYouTubeの、スティングのオフィシャルのヴィデオクリップのユーモラスで温かみのあるタッチの絵面、そして軽快で穏やかな曲調と、この歌詞のストレートさ、しかも気候変動という大局的なテーマとのギャップは、なかなか理解しづらいかもしれません。
一方で、彼の楽曲に以前から親しんできた方であれば
変わらんなぁ┐(゚~゚)┌
とつい苦笑されることでしょう。
政治的なメッセージを込めた歌詞を、あえて淡々とした曲に乗せるという手法は、ソロ作における最初期の”We Work The Black Seam”から既に見られます。
かつては石炭を掘り返していた地下で今は核を管理している、真っ黒な顔にならなくて済むようになったが核物質が無害な炭素14になるまで12000年もの年月が必要なんだ…原子力の抱える問題を、石炭の時代の終焉に立ち会った世代の視線で直視しているこの曲も、歌詞の内容に反比例するように実に静かな曲調に仕上げています。
また、若き日のゴードン・マシュー・サムナー(スティングの本名)は歴史が大の苦手だったそうで、似たような過ちを繰り返す人類の所業を辛辣に皮肉った”History Will Teach Us Nothing”という曲をアルバム”... NOTHING LIKE THE SUN”に収録しています。
*
ポリス(THE POLICE)の解散からソロ活動に移行した頃のスティングをリアルタイムでご存じの方であれば、彼がかつてアマゾンの熱帯雨林の保護活動に打ち込んでいたことをご記憶のことでしょう。
また、その前後にはかのバンドエイドにも参加。”Do They Know It's Christmas”のヴィデオクリップで彼を見かけた方もいらっしゃるはずです。
そうした一連の社会派な活動やチャリティへの参加は、ニューキャッスルの牛乳屋の長男からロックスターとして成功したスティングの、ヨーロッパの貴族社会の伝統に根差した”ノブレス・オブリージュ”(高貴なる務め)の観念に従ったものだったのではないでしょうか。
そんな彼も、さすがに完全無欠ではありませんでした。
1977年生まれ、42歳のボクと同世代または上の方で覚えていらっしゃる方もおられるでしょう、1994年に宮崎シーガイアがオープンした際、スティングはこのリゾート施設に書き下ろしの”Take Me To The Sunshine”を提供し、施設のこけら落としのコンサートのステージにも上がりました。
ところが、彼の母国UKではこのシーガイアの建設の際に貴重な原生林が無計画に伐採され環境破壊を招いたと環境団体が告発、あわてたスティングは弁明に苦慮するというひと幕があったといいます。
*
その後もソングライター、パフォーマーとしてのキャリアを重ねたスティングが2010年代も後半にさしかかった頃にリリースしたこの”One Fine Day”の歌詞を読んでいると、以前から一貫して変わらない面と、年齢を重ね経験を積んだことで出てくる面の両方を見ることができます。
まず、気候変動という大局的なテーマを臆することなく採りあげることに、スティングの変わらない硬骨さが表れています。
あまりに大局的であり、科学者の中でさえ見解が一致せず、そこに企業の利権やそれに支えられた政治家の対立が絡む世紀の難題を、正視することなくテキトーにお茶を濁していても誰も何も言わないはず(?)です し、何か言えばどこからか批判されることはもう、彼ほどのビッグネームであれば火を見るよりも明らかなことです。
しかしスティングは、最も成功したソングライター、ロックンローラーとしての自身の知名度や影響力を十二分に理解したうえで、自身の考えやスタンスをこの曲で明示してみせます。極端な悲観も、根拠のない楽観も排した冷徹な目は、しかし、早急に解決策を講じる必要性をしっかりと見切っており、地球を救う努力を行った先にいつか良い日(one fine day)がやって来ると予見しています。
そんなスティングが歌う”One Fine Day”ですが、先ほどもチラと書いたように、曲調はとても軽快で穏やかです。
同じテーマを現在の20代が歌ったら、どんな曲をどんな演奏で聴かせるでしょうか?30代では?40代では?おそらくもっとエッジのたった、ヘヴィでラウドなものになるはずです。
65歳のスティングはこの曲の作曲のクレジットに自身と、ドミニク・ミラー、ライル・ワークマン、ジョシュ・フリーズの4人の名を記しています。つまり、レコーディングでこの曲をプレイしたメンバー全員であり、曲をバンド全員で完成させたことを示しています。
それだけ参加メンバーが素晴らしい才覚を備えていたこともありますが、ミュージシャン達を信頼し、伸び伸びとプレイさせたうえでしっかりと高い質の楽曲に仕上げるのはけっこうな難題でもあり、それをやってのけたのは、やはりスティングの経験に裏付けされたソングライター、リーダーとしての能力ゆえであるとボクは思っています。
もうひとつ付け加えておきたいのが、歌詞にみられる表現です。
”it's raining dogs and cats”という表現、ボクの中学生時代の英語の参考書にあったのを覚えていますが、その時点でもすでに半ば死語だったはずです。そんな古臭い慣用句を、もちろん言葉遊びの意味もあるのでしょうが、あえて歌詞に挟み込むことで、人類がいつまでも賢くならないことへの自嘲が込められているように思えてきます。
”a plague of frogs”は旧約聖書の出エジプト記にある災害のことで、人類の驕りに対する神の怒りの象徴です。また”snakes can talk”は、もしかしたらですが、同じく旧約聖書の創世記の、イヴをそそのかして禁断の木の実を食べさせた蛇のことが念頭に置かれているのではないでしょうか。だとしたら、人を破滅へと誘うものと、それに対抗する必要をそれとなく説いているように解釈できます。
*
ボク達自身にとっても、気候変動は真剣に取り組むべき問題であることは誰にも否定できないことです。
ですが、この大きい、大きすぎる問題にどう向き合うかという最も根本的な点について、スティングが”One Fine Day”で示してくれることはとても意義が大きいはずです。
そして、10年、いや5年後でもいいでしょう、ボク達は下の世代にこの”One Fine Day”という曲があることを教えられたら、当時65歳だったスティングとボク達、そして若い世代の皆で世界を良い方向へ変えていく必要があることを伝えられればと思います。