レコード番号:AMCY-7206(Atlantic, EastWest, Anthem) 2000年(国内盤)
ボクのこの投稿をお読みいただいている方はおそらくラッシュ(RUSH)というバンドについての最低限の情報に触れておられるものとお察ししますので、このアルバム”MY FAVORITE HEADACHE”(以下MFH)をリリースしたゲディ・リー(Geddy Lee)についてのバイオグラフィ的な解説はオミットさせていただきます。
…こんな無粋な書き出しを冒頭に置かねばならない理由、ハイ、それはもちろん
ラッシュの知名度があまりにも低すぎる ※怒りの最大フォント
という、動かしがたい現実が今もなおボクたちの前にデーンとあるからでございます
このMFHをリリースと同時にダッシュで買いにいき、前後して雑誌に掲載されたリーのインタビューをスクラップブックに収めていた引っ越しの際に失くしてしまいましたが( ;∀;)ボクはいわばリアルタイム派なのでよく憶えているのですが、このアルバム、大して話題にもならなければそれほど売れることもなく、あっさりと忘れ去られてしまったんですよね…
今回はそんなMFHをとおして、ゲディ・リーというミュージシャン、いや、アーティストの実像を書き出してみたいと思います。
*
ニール・ピアートの、親族との相次ぐ死別という悲劇がきっかけとなり、1997年からラッシュは『開店休業状態』(マネジャーのレイ・ダニエルズ談)になりますが、1998年にリーは旧友のベン・ミンクとの共作を開始します。
年末までに絶対に1曲は一緒に作ろうと約束した。ここだけの話、実はその曲の出来が悪い事をお互いに願っていたんだ。そしたら、2度とその話は出ないし、諦めがついて友情だけが続いていくからね。でも、不運なことに一緒に書き始めた曲の出来は最高で活動を続けていこうって決めたんだ。
(CDのライナーより)
とあけすけにリーが語るように、いわばノープラン、行き当たりばったりで始められた共作は軌道にのってしまい(^_^;)そのうち、せっかく作り上げた楽曲がそのまま埋もれてしまうのは忍びない、というリーの意思により、晴れてこのアルバムMFHはリリースされたということです。
ちなみにこのミンクさん、ラッシュのアルバム”SIGNALS”に収録の”Losing It”にゲストとして参加し、エレクトリックヴァイオリンによる悲痛なプレイを残しています。
ラッシュの公式音源に名を連ねたのは後の”HOLD YOUR FIRE”に収録の”Time Stand Still”にコーラスとして参加したエイミー・マンとベン・ミンクだけであり、その事実だけをみても彼がどれだけラッシュ、とりわけリーと強いつながりを持っているかがうかがえます。
*
ラッシュのメンバーにして高校時代からの旧友、というより「ダチ」のアレックス・ライフソンはMFHにさきがけること4年、”VICTOR”名義のソロプロジェクトによる同名アルバムをリリースしています。
若手ミュージシャンや、中には自分の奥様マジか(・_・;)まで起用して自分の世界観を創りあげたライフソンに対し、MFHの骨子はあくまではリーとミンクのコラボレイションであり、他の参加ミュージシャンは数えるほどしかいません。
これはミンクがヴァイオリンだけでなくギターやプログラミング、さらにはプロデュースまでこなすマルチプレイヤーであることも関係しているかとは思いますが、それに加え、トリオ(3人編成)ながらその限界をこえた分厚い音場を構築することに腐心してきたリーが、いわゆる「上もの」‐ギターやヴォーカル、このアルバムではヴァイオリンといったリード楽器のパートをどう配するか、逆にどこまで上ものを削っても楽曲が成り立つかを計算に入れながら楽曲を作っていったことが大きいと思われます。
アルバムをとおして聴いてみると、これはあくまでラッシュの楽曲と比べて、というただし書きつきですが、ギターの比率が抑えめなことに気づきます。
ミンクによるヴァイオリンが重ねられていたりして、音の厚みを一定に保つよう気が配られてはいますが、よくよく聴くとラッシュにおけるリーのもうひとつの担当楽器であるキーボード‐この場合はシンセサイザーと書くべきでしょうか、音の厚みを演出するために加えられるシンセサイザーがほとんど聞こえてきません。
そのかわりに聴こえてくるのはリーの多重録音によるコーラスです。
スタジオアルバムでの演奏を、サポートミュージシャン無しで完全に再現することを信条としているラッシュでは導入が難しかった、コーラスワークによる音の厚みの創出という手をこのアルバムでは使っているのです。
他に挙げられる点としては、マット・キャメロン(”Home On Strange”のみジェレミー・タガート)によるドラムがかなりシンプルなことでしょうか。
といっても、これまたラッシュの楽曲におけるN・ピアートのプレイに比べての話であり、数小節前からしっかりとフレージングを練っているかのような周到極まりないピアートとは異なる、ラフさと解放感に満ちたシンプルさであり、そのおかげで楽曲に開放的なタッチが加えられています。
最初の印象ではやや物足りなく感じる、このドラムが実はリーの、相変わらず(^_^;)音数の多い攻撃的なベースや、エッジ―でやや壊れかけの感さえあるミンクのギターへちゃんとスペース(ま、間)をつくっていることに気づきます。
*
それと、これは英語圏でない日本ではほとんどかえりみられないことなのでボクとしては声を大にしてアピりたいことなのですが、このMFHでリーは全曲の作詞を担当しています。
そんなのソロアルバムだから当り前やんけゴルァ(゜д゜メ)とおっしゃる方もいるかもしれませんが、例えばラッシュに、ピアートとの共作というかたちで作詞に参加しているパイ・デュボアや、このアルバムにおけるコラボレイターであるベン・ミンクに頼むこともできたこもしれませんし、インストゥルメンタル(器楽)曲に逃げるヾ(- -;)コラという手もあった、はずなのですが、このアルバムでリーは私自ら書く(`・ω・´)とばかりに全曲に詞をつけています。
以前にアルバム”PERMANENT WAVES”に収録の”Different Strings”について投稿したことがありますが、1980年のあの曲におけるリーの作風は、実はあまり変化がありません(^▽^;)
タイトルトラックの”My Favorite Headache”は、リーいわく、自分にとっての音楽を言い表したものなのだそうですが、ボクの大好きな頭痛というアイロニカル(皮肉)なタイトルと歌詞があまりかみ合っていないように思えます。もしかしたら楽曲製作がうまくいかないスランプについての詞なのか、と勘ぐってしまいますが、なにぶんどうも、言葉足らずな作風もあって、明快な読解は難しいものがあります。
もちろんリーの、作詞における才気を感じられる楽曲もあります。
ひとつは”Working At Perfekt”。
success to failure
just a matter of degrees
(成功から失敗まで 単に程度の問題にすぎない)
というシニカルなコーラスを含むこの曲、タイトルが perfekt とミススペルを含んでいることがさらに斜に構えた視線を感じさせます。
リーは野球関連のグッズ収集の他にワインのコレクターでもあるらしいのですが、そんな彼が書いたのが”Angels' Share”。
「天使のわけまえ」を意味するこの語句を
partly blessing partly curse
(祝福にして呪い たがい半ばする)
と喝破するセンスは、もしかしたらN・ピアートの作風に、自分でも気づかないうちに影響を受けて身についたものでしょうか。
さらに、ピアートとの共通項が垣間見えるのがクロージングナンバーの”Grace To Grace”です。
多くの事物が時間の中を流れ去るさまを顧みて浮かぶ感傷は、選ぶ語句こそ異なるものの、ピアートの作詞によるラッシュの、先ほども少し名の出てきた”Time Stand Still”そして”Working Them Angels”と通底するものがあるように思えます。
*
先ほどA・ライフソンのソロプロジェクト”VICTOR”について少し触れましたが、自身のソロ作のリリース後にとりかかったラッシュのアルバムのレコーディング、後に”TEST FOR ECHO”としてリリースされるアルバムの制作に、当初ライフソンは全く身が入らず困ったといいます。
自身がリーダーとなって思いのままに楽曲を創りあげる感覚がなまじ身についてしまったことで思わぬ苦労を強いられることになったライフソンに対し、リーの場合はソロ作の完成からラッシュのレコーディングの開始までさらに1年ほどの空白の時間があったことでそれほど苦も無く移行できたようです。
しかも、ソロアルバムのMFHで試行した、コーラスワークによる音の厚みの補完という手法が、ラッシュにおけるライフソンの
キーボード反対ヽ(*`Д´)ノ
の意向を汲んだ音像の構築にも有効だったことで、アルバム”VAPOR TRAILS”は実に20年以上ぶりにリーによるキーボードが加えられない、バンドの原点であるギター・ベース・ドラムのトリオ編成による楽曲のみで固められることになりました。
*
アルバム”MY FAVORITE HEADACHE”のリリースからまもなく20年が経とうとしています。
ラッシュは伝説の先の神話の域へと去っていきましたが、幸いにもゲディ・リーは今なお在命であり、意気軒高なミュージシャンであり続けています。
ボクいち個人としては、ライフソンの”VICTOR”はともかくヾ(- -;)オイゲディ・リーのソロ活動、ソロ名義のアルバムというものはもっと世に出てもいいと思っていますし、MFHにつづくソロ第2作のリリースを今も夢に見ながら待っているところです。ボクのようなリスナー、ラッシュのファンは、日本はともかく世界中には数えきれないぐらいいるのではないでしょうか。