前回の投稿でジェフ・ベック(Jeff Beck)の1999年のアルバム”WHO ELSE!”に収録の”Another Place”をご紹介しましたが、今回はそのひとつ前のアルバムである”JEFF BECK'S GUITAR SHOP”(以下JBGS)を取り上げたいと思います。
レコード番号:25-8P-5301(Epic/Sony) 1989年(国内盤)
…ええと、ここでまずベックのファンの皆さまから
ジャケがちゃうぞヽ(`Д´#)ノ
という愛あるツッコミをいただくところでございます。
そうです、現行CDのジャケットは印象的な
この画ですよね。
しかし、リアルタイムで聴いてこられた方はご記憶のことでしょう、実はリリースのごく初期はこの、小包を模した実に簡素なデザインのジャケットだったのです。
アルバムクレジットはジャケット裏のこの一角に収まっています。なお中は日本語ライナーで、渋谷陽一氏が解説を寄せています。
かつてレッド・ツェッペリンが何の装飾も無い茶色の封筒に入れた状態でアルバムをリリースするアイデアを提案し、レコード会社と大もめしたことがあるとききますが、まさかジミー・ペイジの旧友であるベックが1989年にもなってそのカタキをとるとは(;´Д`)いや、ベックにその意志はなかった、はずですが…
ちなみにこのCD、近所のブッ〇オフで300円を切る処分価格で売られていました。ジャケットの違いによるプレミアなどは全くつかないようです。
それと、このアルバムのLPをずっと探しているのですが、調べるかぎり国内盤はCDのみのリリースだったようで、アナログレコードはUSやヨーロッパ、南米でしか流通しなかったようです。関西に住まいの皆さま、お近くでJBGSのLPを見かけられたらご一報いただけますでしょうか_(._.)_
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ジェフ・ベックというアーティストは、ディスコグラフィを追っかけてもなかなかその意図がつかみづらいというか、
な、何がしたいんや(・_・;)
と当惑させられるヒトといえるのではないでしょうか。
さかのぼること1975年、自身初の全編インストゥルメンタル(器楽曲)のソロアルバム”BLOW BY BLOW”で商業的な成功を記録したことでレコード会社の理解協力を得たベックは続く”WIRED”、”THERE AND BACK”でも同じくインストゥルメンタル路線を突き進みます。
ところが、1985年リリースの”FLASH”はなぜか歌有り曲を増量大サービス、全11曲のうちインストゥルメンタルはわずか2曲という、それまでとは真逆の路線へと切り替わります。
これについてはレコード会社の圧力だったというのが定説であり、不承不承従ったベックも後でかなり後悔したらしく、自ら
忘れたいアルバム
とまで言い放っているとか。
もっとも、通称「第一期」ジェフ・ベック・グループのヴォーカリストにして当時はソロシンガーとして成功していたロッド・スチュワートとの再会が実現した”People Get Ready”がスマッシュヒットとなるという幸運がもたらされています。
それから4年後にリリースされたJBGSは再びインストゥルメンタル路線に変更、しかもですね、キーボーディストのトニー・ハイマスにベースのパートを任せたいわゆる「ベースレス」構成、加えて他にはドラムのテリー・ボジオだけのトリオ編成という、実に挑戦的なものだったのです。
インストゥルメンタルを演奏するうえで、リードプレイヤー/ソロイストであるギタリスト以外に二人しかいないトリオ編成だとメンバーが同時に出せる音数に限りがあることもあって制約が多いのですが、ベックはあえてこのバンドを選んだのはひとえにハイマス、ボジオへの信頼だと思います。
T・ハイマスは”THERE AND BACK”からベックのレコーディングに参加していますが、フレーズの自動演奏、つまりシーケンサーの使い方にとても長けたキーボーディストです。ベーシストが居なくても必要なときに「おいしい」シーケンスフレーズを鳴らしてくれるキーボーディストというのは、当時のベックにとっては理想的だったのでしょう。
またT・ボジオはフランク・ザッパ門下生でUKやブレッカー・ブラザーズへの参加で知られるドラマーですが、重さと激しさ、なによりその気になれば空間を埋め尽くさんばかりの音をこれでもかと詰め込むことのできる「手数」(てかず)の多さ‐誉め言葉ですのであしからず‐はトリオ編成のインストゥルメンタルではこれ以上ない適任だったということではないでしょうか。
また、これはトリオ編成全般に言えることですが、サイドメンが少ないとその分ソロイストの音が「抜ける」‐アンサンブルに埋もれず前に出やすくなるという利点もあります。
この時期のベックは後述するフィンガーピッキング・スタイルへ移行するにあたって、細かく早いフレーズと、伸ばした音のベンディング‐音程の上げ下げの対比を強調したフレージングを多用するようになりますから、ある程度スペースの空いた伴奏を求めていたのではないでしょうか。
ベックがハイマス、ボジオの二人をどれだけ信頼し評価していたのかは、アルバムタイトルをみても明らかです。長くなるので省略しましたが、このアルバムの正式なタイトルは
JEFF BECK'S GUITAR SHOP with Terry Bozzio and Tony Hymas
なのです。
かつてヤン・ハマーのグループに同行した際のライヴを録音したアルバムが”JEFF BECK WITH THE JAN HAMMER GROUP LIVE”というタイトルでリリースされたのは例外としても、JBGSはベック自身のリーダーアルバムにもかかわらずボジオ、ハイマスの二人を名義に加えているという点でも特別な作品といえます。
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このアルバムでベックが示したのは、商業的な成功を収めるための野心でもなければ上っ面の名声を得るためのハイプでもなく、ひとえにエレクトリックギターの可能性であるとボクは思います。
ギターを弾く上でほとんどのプレイヤーが使うピック‐楽器業界ではフラットピックと呼びます‐
を、ベックはこの時期からほとんど使用しなくなり、親指、人差し指、中指の三本の指で弦を弾くようになりました。
このフィンガーピッキング・スタイル自体は決してベックの専売特許というわけではなく、ギターの歴史を探れば多くの名手が見つかります。ベック自身も自分と比較的近い年代のギタリストとしてマーク・ノップラー(DIRE STRAITS)の名を挙げています。
しかし、フラットピックに比べ音が丸くなりエッジが立ちにくくなるとされるフィンガーピッキングを駆使し、ヘヴィに歪んだサウンドでありながらどこか人間の肉声を思わせるオーガニックなトーンを鳴らすベックをこのJBGSで聴いた世界中のギタリストは、おそらく血の気が引いたのではないでしょうか。
あかん、こんなん逆立ちしても弾かれへん(;^ω^)
と。
…ホントはこのJBGSでベックがさらに発展させたベンディングについても触れたいのですが、そうなるとさらに長くなってしまうので今回は割愛いたします。いつか他の記事として投稿する予定ですのでお楽しみに。
惜しむらくはJBGSから次のオリジナル・スタジオアルバム”WHO ELSE!”まで実に10年のブランクが出来てしまうことですが、その間にもレコーディングは不定期ながら継続していたようですし、またその空白の期間にもベックのギタープレイはさらに進化&深化していったわけですから、いちファンとしては稀代の異才ジェフ・ベックをこれからも信じて待っておけばいい‐後追い世代ゆえの実に虫のいい話ですが、ボクはこのアルバムを聴くたびにそう思います。
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