自分を満たせるのは自分だけ

 

例えば相談しようと思って

誰かに相談したけれど

もやーとしたり

全然すっきりしなかった

なんてことがあった場合

 

その人はただ

相談相手を間違えただけ

じゃないかなって思う

 

「わかってほしい」人が

傾聴してくれる人ではなく

励ます系のコーチにいって

「あなたはここを治すといいから

こう頑張って」といわれて疲弊しちゃったり

 

 

アドバイスをほしい人が

傾聴系のカウンセラーに相談して

共感してもらったけど、、、

結局どう動いていいのかわからず

モヤモヤする、、、

 

 

 

とか

 

 

 

女の人だと

その時のその人は

男性に認められるということや

男性の心理をしりたい(必要)なのに

 

女性の人にアドバイスをもとめたり

認められても何かものたりなかったり

 

 

この場合コーチやカウンセラーや相談相手の

スキルがなかったのではなくて

どんなに相手がその道ではスキルがあっても

組み合わせによっては

効果をえられない

 

相談する人を間違えただけなのだと思う

 

そして、相談したことも間違いではなく

もやっとしたおかげで

 

あぁ私が求めていたのはこれではなかった

私はこれを求めていたのだと気づけるので

ある意味、そのもやっとさせられた人のおかげである

 

あと身内をなくした経験、いじめられた経験

離婚した経験、家庭環境等で

苦しんだ経験があるとして

 

このつらさを共感してわかってほしいと思った場合

同じ経験をしている人でなおかつその苦しみを乗り越えた

人に話を聞いてもらうのが一番よいとも感じる

 

経験のない人には、どれだけわかってあげたくても

わからないこともある。だけど、経験したことならば

経験を話すこともできるし、わかってあげることもできる

 

だから、

この出来事はこの人

この出来事はこの人

 

と、自分が選んでもよいのだと思う

 

いろんな人がいろんな人生経験をしているのだから

その組み合わせは無限大!

 

どんなに自分は必要じゃないと自分のことを思っている人がいても

その自分は必要じゃないと思っている経験こそを

ピンポイントでまっている人がいる

 

私がしてきた経験も

私だけの宝

 

だから

ここぞというときに

 

必要な時に必要な人が

目の前に現れるので

 

その時に

何か与えられたらよいな

と思っている

 

自分を満たせるのは自分だけ

 

そしてこの意味は

自分だけを頼れという意味ではなくて

 

自分が求めている人を

自分がちゃんと求めて

自分に与えてあげるのも

自分が自分を満たす行動であると思う

 

例えば精神的に

苦しいときに

カウンセリングを受けれる人は

もう治っているに等しい

 

自分に必要な人を

自分に与えられていないから

自分を苦しめてしまう

 

人の前で泣けない人も

この人の前でなら、、、

という人が一人でもいたら

それは幸せなことだなとおもう