東京の大学

 

小学校3年生でこの街に引っ越してきて、

ずっとこの街にいたいと言っていた了慈が、

いつのまにか成長してもっと広い世界を夢見るようになったのです。

 

センター試験の後、

高校の先生からはもう少しレベルを下げて

地元の国公立を受けるようにアドバイスを受けました。

予備校の先生は

了慈が受かる可能性のある東京の私立の大学を

受けるように勧めてくれましたが、

了慈の中では理想とする学校が決まっていて、

それ以外は受ける気さえもないようでした。

 

世の中そんなに甘くないだろうと思いつつも

僅かな望みにかけましたが、

どこも受からぬまま受験が終わりました。

 

彼にとっては高校3年生の受験の期間は、

自分の希望を認識するための期間であったと思います。

適当にその時に受かるところに決めてしまわないでよかったと思っています。

今まではすべて成り行き任せだった彼が

初めて真剣に自分の理想とする大学生活をイメージして、

そのために頑張る決心をしたのです。

 

いつも行動が遅いのですが、この受験の時に初めて、

東京の色々な大学を見学したのです。

そして今回は受けなかったけれど、

行きたいと思う大学を他に見つけることもできました。

 

私は積極的に彼が東京に行くことを希望してはいませんでした。

でも、彼が決めたなら、他のどんな説得も無意味だと思いましたし、

将来を考えるならここでなく、やはり東京へ、国の中心へ行くべきだと感じました。

 

でもこの街にも大学はあります。

東京へ、しかも私立に行くのならば、

この街にはない様な学校へ行ってほしいと了慈に言いました。

 

 

そして今回の受験では了慈が実は理系が苦手だということがわかりました。

文系の科目の点数はよかったのに理数系で足をひっぱりました。

 

本人には言いませんでしたが、

それは了慈が小学校での勉強での繰り返しが足りなかったからだと感じていました。

計算問題を何度もして身につける、というようなことをせず、

とりあえず理解できるという最低限の勉強しかしてこなかったのです。

 

ですから、問題を理解して計算式が立てられても簡単な計算などでミスをするのです。

 

私立文系は英国社が一般的ですが、社会の代わりに数学Ⅰでも受けられます。

了慈は理系でしたので、センター試験での社会科目では地理を選択していました。

了慈は地理はとても得意でした。でも社会科目を地理で受験できる私立文系は少なく、

本人は地理の代わりに数学Ⅰで受けると言っていました。

でも、この1年間頑張ってきた数学、

何よりも時間をかけてきたの残念な点数だったのを見て、

私はひとつだけアドバイスをしました。

 

「数学は捨てて、日本史か世界史を1からした方がいい。了慈は暗記は得意だったでしょ。」

 

不安はありました。今までやってきた数学を捨てる・・・

もしかしたらもう少し頑張れば伸びるかもしれない・・・

 

でも了慈も納得して決心して世界史を1からすることにしました。

 

了慈は

「私立に行くのに予備校に通わせてもらうのは悪いから家で勉強する。

どこにも行かず宅浪(自宅で浪人)する。」

と言い出しましたが、私は予備校だけは行ってほしいと話しました。

 

こうやって浪人生活が始まりました。

 

32話につづく

 

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