東北地方太平洋沖地震から1ヶ月経とうとしている。
この1ヶ月公私共に忙しい毎日を送りながら、自分を省みることが多かった。
仕事柄、被災された方々の中でも特に、子どもを亡くされた親の気持ちを考えるといたたまれず、何を言っても偽善でしかない気持ちになっていた。
自分が書いているブログには何の意味を持たないと感じ、興味を失っていった。
以前から大好きだった読書を復活させた。
意欲的に本を読むのはネガティブになった時が多い。
精神世界の本がほとんどなのだが、その世界にずっぽり浸かった本は苦手である。
この1ヶ月間は以前サイトの『ひふみ神示データ』 からプリントアウトしたものを読んでいた。
昨日はネットで知りたいことをを調べていた。
そこで目に留まったYOUTUBEの
かなり、見た目胡散臭い。
しかしそのわりに内容がしっかりしている。
その胡散臭さのためか削除されていないのが幸いである。
ネット上では水爆疑惑は地震直後、いや地震前から言われていたことだが、私自身相手にしていなかった。
そんなことがあるわけないと。
しかし、ベンジャミン・フルフォードさんの言うことには誠実さを感じてしまう。
911事件の場合でもビルの崩壊の仕方を考えればテロは表面的なもので自作自演ということは知っていた。
(子どもが遊ぶジェンガーでも崩れた下はそのまま残っていますよね)
この内容が本当かどうかはわからない。
その人それぞれに捉え方があるだろう。
しかし、『大和魂』を復活させる必要はあるのではないだろうか。
○の中に点(コア)を入れる必要がある。
今は、善悪(正しい、間違い)を自分の価値観で決めるのではなく、おかげさま精神でやっていく時になったのではないかと思う。