wako-sanの、静かなる熱い日々

wako-sanの、静かなる熱い日々

胃がんと向き合った、74歳のwako-sanが想うこと。

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 友達にあてた書簡。
つづきです。


「さて、胃を摘出した後では、腸の一部を胃に
替えてゆくという、食べ方の訓練があります。

 これは失敗を繰り返しながら、少しづつ身に付き、
体力もほんの少しづつ付いて来て、いま貧血改善の薬
だけを飲んでいます。



 ほんとうに自分の身体をいたわりながらの、自分中心の
生活を送っております。




 読書会(※wako-sanが主催するサークル活動)のメンバーの
みなさんをはじめ、

昔からの古い友人、新しい友、真の友だちは、人生の宝です。



 私はこの宝の友人たちに見守られ、励まされ、慰められ、
今日1日の命を全う出来るのです。


 そしてもちろん、家族もしかりです。




 私もしっかり目をあけて、現実を見つめれば、この夏で
75歳の老女です。


 がんという病には、死との距離が近いのです。


 完治する人も大勢いますが、命を落とす人も大勢います。





 アメリカのスタンフォード大学114回目の卒業式に招かれた、
スティーブ・ジョブス氏のメッセージは、刺激的で心に
響きました。



 TVでご覧になった方もいらっしゃると思いますが、ジョブス氏は
社会で活躍しようとする人には、



「ハングリーであれ、愚かであれ」と。



 私には、「『死』は人生の決断を助けてくれる・・・」
との言葉が、心を打ちました。




 他人の人生を生きることで、自分の時間を無駄にしてはいけない
とも言っています。




 いま、人生の岐路に立っていますが、ジョブス氏の死は私に
生きる力を引き出してくれているようにも思えます。






 自分の未来に、悲観でなく、豊かな将来を描いている私が、
ここにいることも確かです。





 今の私に、支えの手を差しのべて下さる大勢の方に、
感謝いたします。



   ありがとうございます。

      ありがとうございます。     wako-san 」





 この書簡はこれで終わりです。



 タイピングしていて、私に母がのりうつっているような気持ちに
なりました。父も母も、そして私も、一介のものを書く人間。


 不思議な、『家族の縁』を感じます。




    $wako-sanの、静かなる熱い日々








 
 wako-san の手紙より。

彼女が最近、友達にあてたものです。
私にも一部届きました。そのなかの抜粋です。




「長い長いご無沙汰をしてしまいました。

 お変わりなく、お元気でお過ごしでいらっしゃいますか?

 新しい年があけ、二月に入り、明日は立春。
とはいえ、今冬はことのほか寒さの厳しい毎日ですね。


 北国の降雪量はロマンチックなんてものじゃなく、命にかかわる
恐怖の白い魔物にほかなりません。



 一難去ってまた一難の去年今年。

人災、天災入り交じって、病後の体も気が気ではありません。

本当に長い間の音信不通で申し訳ありません。




 昨年11月に胃の全摘で癌をほぼ切除して、手術後は順調に
回復しました。


 その途上、このままでいくのかと思っていましたら、
12月より術後の抗がん剤の服用が二週間始まりました。



 はじめのうちは何の兆候もありませんでしたが、十日目あたりから、
得も言えぬ副作用が出始め、体力のない身体は打ちのめされ、
数日間で体重は5、6キロ減り、気力がなくなり、
何事にも意欲がわきません。



 嬉しいこと、楽しいことに無感動になり、ただただ、自分の身体の
苦痛に抑え付けられてうめいておりました。



 プライドまでがズタズタになりました。


いま一ヶ月半の休みに入って、抗がん剤の薬害から少し抜け出たところです。



 抗がん剤は半年間の予定ですが、すでに二週間でギブアップです。
私の体内に、肉眼では見えないがんの播種をたたく目的の服用なのですが、
体力的には年齢も加わって、自分としては自信がありません。




 生きるとはどういうことか。

 命の質とはどういうことか。

本当に真剣に考えています。




 命とは、その長さで良いのか。

 それとも、短くともどのように生きたか、その質が大事なのでは・・・
というのも知っています。



 でも、その間で揺れているのです。






 はたして抗がん剤投与を主治医に面と向かって拒否する強さが
私にあるか。



 自分であるのに意思のないクランケとしての身体のみで、生きていると
言えるのか。



 自分の意思で決定するということは、再発のリスクを自分で責任を
もって抱えなければならない。


 この難しさのなかで、悩んでいます。




 白と黒のその灰色の部分で。」




 書簡、続きます。


 $wako-sanの、静かなる熱い日々










 はじめまして。wako-san です。


 と言いつつ、実はこのブログは、彼女の娘が書いています。

 wako-sanは、2011年の5月に胃の噴門部に癌が見つかりました。
当時73歳。


 ステージ3のAと言われ、その後化学療法などを併用し手術。
胃は全摘となりました。


 術前・術後の抗がん剤の副作用にも悩まされ、他の臓器もどんどん
機能低下していくなかで、

「いま生きること」に意識がフォーカスされてきたといいます。



 転移する恐れもありながら、術後の抗がん剤を、彼女はここで止める
決意をしました。

彼女の顔は晴れ晴れとし、声には今まで以上の張りがありました。




 父親の影響で、物心ついたころに洗礼を受けた生粋のクリスチャン。
それも彼女の心を支えた大きな柱になっていると思います。



 わたしたち子供が小さな頃から、地元でタウン誌をひとりで立ち上げ、
ものを書いたり取材する姿をずっと見て来ました。




 わくわくすることが大好きな母だからこそ、いろいろな壁にぶつかったり
耐え忍んだことも知っています。




 唐突にやってきた胃がんに対して、乗り越えてきた、否、
いま乗り越えつつある母の言葉が、最近私の中に響き渡るのです。





 それを少しでも書き残しておこうと、このブログを立ち上げました。



 癌があまりにも身近になってきた昨今、ひとりで戦っている方や、
ひとり悩まれている方の心に届けば幸いです。




 wako-sanの、娘のひとり、より。



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