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今日、熊本市が「赤ちゃんポスト」設置の許可が出た。その事について私は決して反対はできない。むしろ、虐待や殺害から命を守るためにはそれも仕方がないと思う。…がその「赤ちゃんポスト」の子供が成長した時、その子達の故郷は、その子達の心は………
私の55年の人生の中で、一番鮮明に記憶に残っている思い出は、幼少の頃過ごした故郷、北海道である。私は、貧乏な酪農を営んでいた両親の長女として生まれ、八歳まで北海道で暮らした。家には、馬、牛、鶏、ヤギと飼っていて、夜になると家畜を狙ってよくイタチがでたものだった。酪農に不慣れな両親がよくイタチにからかわれて大騒ぎしていた事を覚えている。
大自然は、子供の私にとって最高の楽園であった。朝起きたら1日中飽きることなく夢中になって大地を走りまわっていた。お腹がすくと畑のトマトを取って食べたり、人参を抜いて食べた。疲れると草むらにゴロッと横になる。寝ながら空を見ると白い雲がボカリ、ポカリ浮かんでいる。その雲を見つめながら子供心に永遠を感じたものである。顔を横に向けるとそこには、小さな虫がいる。草の臭い、土の臭い、風の臭い、そして草のそよぐ音、遠くの川の流れる音、小鳥のさえずる声それ以外の雑音は一切入ってこない。あまり心地よいのでそのまま寝入ってしまう。家の方では暗くなっても帰ってこない我が子を必死に探しまわっている。気がつくと父の背中に揺られていた。そんな事が多々あった。母に聞くと「よく事故もなく無事に育った」と思い返して言う。危険な事も随分多かったらしいが私にはそんな記憶は1つも残っていない。あの大地に寝転がった時の安心と心地良さは母の胸の中であった。確かに大地は母である。そして母は大地である。…゛三つ子の魂百まで゛と言うが私の潜在意識の中にしっかりと記憶され今日の私を形成している。あの時代があったからこそ私は、今自身もって生きていられる。「赤ちゃんボスト」にすてられた命。誰が大地である母の愛情、愛と安心を与えて上げるのであろう。子供は幼少の内に愛と安心をたっぷり注がれていれば人を信頼できる子に育つ。逆に愛情の薄い子は、常にびくびくし人を疑い信頼する事を知らない子になってしまう。犯罪の温床を作ってしまう事になる。「赤ちゃんポスト」の子が成長し自分の出生を知った時、自分を生んでくれた母を探すであろう。自分の故郷を求めるだろう。…自分の故郷が「赤ちゃんポスト」だと知った時、その子の心はどんなに荒むであろう。しかし、「赤ちゃんポスト」がなければ救えないのなら、つぎにその子達をどのように健全に育てて行くのか、ただ施設から施設へと振り回すだけでなくその子達のケアーをしっかりと考えてあげて欲しい。赤ちゃんがお母さんの母乳を飲む時、赤ちゃんは必ずお母さんの顔をしっかりと見つめる。そして、安心して母乳を吸うのである。そんな平和な世界を望みたい。