ワーキング・プア | wakkoの部屋

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ただいま、インターネット生活に奮闘中。

クローバー今年は、鹿児島から娘夫婦が帰ってくると承知していたので年末の大掃除を早々と片付け、

押し迫ってきても忙しい思いをしなくても良いようにと綺麗に片付けておいた。


しかし、その考えは甘かった。


2才半になる孫が一人いてその孫が2~3日もすると家中を引っかきまわしてくれている。

目も当てられないくらい毎日の散らかりようでそれを追いかけるだけで大変である。

正月まであと2日と押しせまり私は頭が混乱してくる。


掃除もまだしたい所が何箇所か残っているし、買い物もある。

そろそろ、御節料理の準備にもかからないといけないしと考えると


ああっ


もういらいらである。

普段のパートの仕事もやっと休みになり少しは家でゆっくりできると思いきやこの有様。


娘は、普段子供に手がかかり何かと忙しいためか、今こそと子供ほったらかしでパソコンにかじりつきである。

夫は、孫と一日中遊びっぱなしで結局私一人でてんやわんやである。


私は、主婦こそ

ワーキング・プア(働き貧乏)

と思う。


一年中働きづめでその労働報酬の低いこと。

その労働に対して何の評価もなく家事労働は女がして当たり前。

我が家では、まだまだその意識は根強くある。


では、しないでおけばと家族から言われると、このかた30数年ずっと続けてきた事でしないとやはり気持ちか゛悪い。

結局、自分が納得するために最後まできりきり舞いをしながらやってしまうのである。


と私の愚痴はさておき今、社会ではワーキング、プアがじょじょに増えつつある。

年寄りと言う事をいいことに労働搾取である。

それでも働き口の少ない者は仕方ない甘んじてその条件に従って働くしかない。

格差社会の象徴である。

私もだんだんと高齢化社会の仲間に入って行きつつある事を思うと、来年という年がどんな年になるのか不安なのである。


少なくとも権力のある人お金を持っている人達は、なんだかんだと言われながらも優遇され甘い汁を吸っている。

そして、その時その時の社会のつけは必ず貧しい国民に押し付けてくる。

国から私達国民はなめられているのだ。


そんな期待のもてそうもない新年に私は、来年こそはとねじり鉢巻で大掃除に御節料理と頑張っている。