道後ふなや。鹿児島紅梅。まだまだ寒い朝夕も。昼間はポカポカ紅梅の花も日に日に開きます。下の写真は3日前。alt="photo:03" width="300" height="203" border="0" />ここから3日前です。
えひめマラソン。えひめマラソン参加人数8500人以上は凄い人気。県外からも多数の参加者と応援にお越しです。中村県知事。自ら参加、昨日東京から帰り大会を盛り上げました。高橋尚子さんとハイタッチ。お疲れ様でした。選手の皆様どうぞお持て成しコーナー足湯で気持ち良く癒してお疲れ様でした。
背守り。背守り。先日、ラジオから聞こえる会話に七五三には《背守り》を母親が我が子の無事を願い止めの無い糸を一針一針縦に9針女は右斜め3針男は左斜め3針縫い付けてました。こんな会話から興味深く真剣に聞く。((((o(*゚▽゚*)o)))昔は子供が生まれて7歳頃までは死亡率が高く成長する子供は幸運とされ何とかして無事に成長願い。三歳までの子供に背守り、を行っていた。昔の人達は7歳頃迄の子供達には、魔物が背後から襲って来て死に致らしめるからと、着物ごと捕まえた時止めの無い糸を掴み取って貰う為に先人達が考えた、我が子を守る為の。魔除けの儀式で。子供の7つのお祝いにお札をおさめに参ります。母親の我が子を守る古来からの伝統的な着物文化の風習やしきたりを守り続け七五三の行事となったが着物文化から洋服文化と成り少しづつ聞かれ無く成りました。いくら科学。医学。文明。が進んでも子を思う親の思いは昔と同じで在っていて欲しい限りです。しかし現代用語にも余り聞かれ無く成りましたかな。江戸中期、呉服屋がこの3つの行事を商業政策として取り入れ、1つにまとめ、江戸の町で宣伝しました。これが今日の七五三の原型だと言われています。そして武家や有力商人などの間で流行したものが、明治以降庶民に普及しました。昔は医療・衛生的に未発達で乳幼児の死亡率が高く、成長する子供は幸運とされていました。そのため「七つ前は神のうち」といわれ、7歳未満の子はまだ神に属するものとされ、神がその運命を決めると考えられていました。そこで人々は数々の儀礼を行うことで、子供の無事な成長を祈りました。そして7歳の祝いはその不安定な時期を乗り越えた節目の儀礼であったため、特に7歳の祝いを重視する地方は多かったようです。型にこだわらない現代の七五三神社で祝詞〔のりと〕をあげ、お祓いを受ける場合と、ただ参拝してお賽銭〔さいせん〕をあげて子供の成長を祈願する場合とがありますが、現在は後者が多いようです。また、お参りする日も11月15日にこだわらずその前後に、都合に合わせて行く人も多いようです。北の地方では1ヶ月繰り上げて10月15日にお祝いする慣習もあります。ウエブサイトより
道後ふなや。月日は、百代の過客にして。行きかう年も又、旅人なり、舟の上に生涯を浮べ馬の口とらえて老を迎える者。日々。旅にして日一日づつ開花して、梅の花も旅をしてます。 下の写真は4日前。4日前の開花状況です。