先日、電子化された書籍を読むようになりました。

最初は紙ではないことに抵抗があるかな、と思っていました。

読み始めて気づきました。

もっと早く気づけば良かった、という点です。

読みやすい、です。

一気読みができます。

紙と異なり全頁を一気に見ることもできます。

紙では無理です。

 

読んだ本が履歴として残ります。

二重に購入する、という愚かなこともありません。

何度でも、いつでも読めます。

今頃、気づきました。

後悔よりも、気づいた喜びのほうが勝っています。

 

すると、今まで紙で読むと思い込んでいた物がありました。

新聞です。

新聞=紙、という固定概念が頭にありました。

新聞は配達員が届けてから読むもの、という考えもありました。

大きな誤りでした。

電子版を読み始めると、紙で読むのが愚かに感じてきました。

スクラップも非常にラクです。

新聞の一気読みができます。

傷みません。

どこでも読めます。

1か月分くらいなら、読むことができるようです。

 

コロナの影響や気温の上下で、新聞配達員は気の毒です。

電子化されていれば、配達の労力がいりません。

決済もキャッシュレスが普通なので、いちいち集金に行く必要もありません。

 

朝の勉強も大きく変わってきました。

物理的な本が消えました。

タブレット1台です。

実務書の学習、各種試験等の勉強もタブレットで完結します。

紙よりも圧倒的に効率が良いと思います。

 

そうすると、義務教育の環境も劇的に変えられると思います。

タブレット1台で、教科書は不要にできるはず、だからです。

物理的な量を持ち運ぶことに意味はない、と感じます。

タブレット1台であれば、文句を言う子や親はいないでしょう。

全児童等に紙媒体の教科書を無償で配布する費用と、全員に1台の

タブレットを「貸与」することを検討すると、明らかに後者のほうが費用対効果が

良いはずです。「貸与」すればよいのです。「支給」ではありません。

 

国家予算の削減ができ、教育の質が向上します。

なぜ、国会議員は提案しないのでしょうか。

紙媒体の業者と癒着でもあるのでしょうか。

 

総理が変わることで、教育も変わることを期待します。