アメリカのワクチン研究員が不正行為で懲役刑
US vaccine researcher sentenced to prison for fraud
2015年7月
【Nature】 Sara Reardon 著
科学者が研究における不正行為の罪で懲役刑を受けるのは稀なことです。しかし2015年7月1日、アイオワ州立大学の元生物医学の科学者、ドン・ピョウ・ハンにHIVワクチン試験においてデータの偽造及び改ざんの罪で57か月の懲役刑が言い渡されました。
また720万ドルの罰金を科せられ、刑務所から釈放された後は3年間、監視下に置かれます。
この事件は他の事件よりも強い注目を集め、米国の有力上院議員からの関心を集めました。ハン氏への厳しい判決は、訴追するかどうかの決定から、助成金提供機関によって課される処罰の種類に至るまで、アメリカ国内での研究詐欺容疑の処理方法に対する疑問を投げかける結果となったのです。
捏造されたデータ
米国国立衛生研究所(NIH)の助成金による支援を受けていた複数のワクチン実験において、その結果を偽造したと上記大学が結論を出した後、ハンは2013年にアイオワ州からの辞任を余儀なくされました。ハン氏は一部のケースで、ワクチンが同ウィルスに対する免疫を作り出す結果をもたらしたように見せかけるため、ウサギの血液サンプル中にヒトHIV抗体をこっそりと混入したのです。
捜査が終わる直前に大学に送った告白の手紙で、ハンは、数年前に作ったサンプルへの混入をごまかすために口実を作り始めたと告白しました。
NIH基金に関する不正行為の疑いがあるかどうかの調査を監督する米国研究公正局(ORI)は、ハンが3年の間、連邦政府からの助成金の受給を禁じましたが、これは治験責任医師補に一般的に科せられる処罰としては最大のものです。
生物医学科学における不正行為を調査していた経歴のあるチャック・グラスリー上院議員(共和党、アイオワ選出)の関心を集めなかった場合は、おそらくはこの事件はここで終結してたことでしょう。
「故意に研究試験を改ざんし、何百万もの納税者ドルを不正な研究に無駄にさせた医師にとっては、これは非常に軽いペナルティのように思われます」と2014年2月の研究公正局への書簡で記しています。
同局は一生に渡る資金提供禁止を禁止することもできますが、研究公正局の元職員らによれば、そのような処罰は人間の被験者が危険に晒された場合などの特に酷いケースに限定されていると話しています。
刑事訴追
(画像:HIVワクチンが有効であるかのように見せかけるためのデータ操作で逮捕されたハン氏)
同年6月、この事件に関するマスコミ報道やグラスリー議員の反応があった後、アイオワ州デモインの連邦検察官がハンに対して起訴しました。この科学者は逮捕され、彼の事件は大陪審に任されることになったのです。そして 2015年2月、国立衛生研究所の研究助成金を得る目的で不正な報告を行ったこと対する2件の重罪の容疑に対し、ハンは有罪を認めました。 (ハンの弁論合意書【PDF】、検察官の判決覚書【PDF】や判決合意書【PDF】を参照のこと)
研究公正局の調査監督担当の元副部長Alan Priceは、ハン氏のような「中レベル」の不正事件における刑事訴追は珍しいと述べています。「ほとんどの事例で、(刑事訴追)が行われたことはないと思います。しかしグラスリー上院議員がこういった問題を深く懸念しており、その点に関する認識を高めることを望んでいました」
この事件により、専門家の間で科学的な不正行為に関する懸念が持ち上がりました。刑事責任を科せられたごくわずかな研究者がいますが、これは必ずしも他の科学者のキャリアや科学全般に対する最も深刻な害を与えた者とは限られていません。
ミシガン大学在籍で研究の公正さの専門家であるニコラス・ステネック氏は次のように話しています。「私たちが大きな事件に取られすぎており、そして政策圧力の影響を強く受けているあまりに、本当に大事なことが見えなくなっています」
7月、グラスリー氏は上院に対し次のように発言し、これに賛同しているようです。「世論による非難の声がない場合には、他の事件は気づかれず、または対処されずに済むのではないかと懸念しています」
もし研究助成金を監視する政府機関に、より厳しい処罰を科すことができ、不正容疑に対する捜査を行う能力が現在よりもあったとしたら、国会議員が自ら、このような問題に関与する必要はなくなると同氏は主張しています。
限定的な捜査権限
国立科学財団を含むほとんどの米国の資金提供機関には、不正行為や詐欺の可能性を調査する監察官がいます。そういった職員は資金を撤回させる権限を持ち、さらに不正行為を行った者に対する政府資金を禁止させることができ、事件を刑事訴追に委ねることもしばしばあります。
しかし国立衛生研究所や研究公正局がある保健社会福祉省(HHS)では、このような権限を分離させています。研究公正局には、不正容疑を直接、捜査する権限はなく、不正行為の疑いのある研究者を雇用している機関が行う調査を監視することに限定されています。不正行為や詐欺の証拠が見つかった場合、研究公正局は資金授与の禁止令を科すか、あるいは法務省や保健社会福祉省(HHS)の監察官に委ねることができます。
HHSの監察官は研究詐欺や不正行為の容疑に対する捜査を開始させることはできますが、健康保険詐欺などの他の問題に専念していることがよくあります。また同監察官は資金授与の禁止やその他の行政上の罰則を課すことはできません。国立衛生研究所や研究公正局は、国立衛生研究所の資金授与者で刑事訴追を受けたことのある者が何名いるのかの確認さえしていない、と本誌(Nature)に答えています。これとは対照的に、アメリカ国立科学財団(NSF)の査察官はその機関の不正行為捜査を単独で監視しており、毎年いくつかの刑事訴追に関与しています。
最も懸念されていることは、容疑を受けた研究員らは助成金を悪用し、あるいはハン氏のようにデータの盗用や改ざんしていることです。
しかし研究公正局の元局長デイビッド・ライト氏は、刑事訴追による効果は不確かであると述べています。
国家助成金を受け取ることが公式に禁止されることは、たとえ禁止期間が短いものであったとしても、研究員にとっては職業的に死刑を言い渡されたも同然です。「懲役期間によってどれだけの追加的な効果があるか、疑わしいところです」
しかし実際のところ、資金授与禁止を受けた科学者の運命が総合としてどのような運命を辿るのか、あるいはそのような処罰があることを認識することで不正行為を思いとどまるものかどうかについては、誰にもわかりません。プライス氏と研究公正局の他の職員らは一度、このような科学者を対象に、対象者のキャリアがどのような影響を受けたのかを理解する目的で、匿名の調査を公式に実施しようと試みたことがあります。しかしアメリカ政府は、コストがかかりすぎ、また反応が返ってこない可能性が高いとしてそのプロジェクトを停止させました。
【参考】https://www.nature.com/news/us-vaccine-researcher-sentenced-to-prison-for-fraud-1.17660
(翻訳終了)
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【コメント】
過去の記事で、かなり印象的なものがありました。
★「医学論文の半分は不正」ランセット編集長の内部告発
https://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-12074730577.html
このランセットとは「 同誌は世界で最もよく知られ、最も評価の高い世界五大医学雑誌の一つであり、編集室をロンドンとニューヨーク市に持つ(ウィキペディア) 」という、とても格式が高い医学ジャーナルの最高峰です。
そのような権威筋御用達の情報源ですら不正な情報で溢れているということを考えると、今回の本文の内容もさほど驚くようなことではありませんが、裁判になって有罪までなった具体的な例の一つとして取り上げました。
日本では、「民間療法」や「反ワクチン」などに対して「えせ(似非)科学だ」の一言で反対している人をたまに見かけます。
えせ科学
https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%88%E3%81%9B%E7%A7%91%E5%AD%A6
より一部引用
名詞:「えせ科学とは、きちんと実証されていないにもかかわらず、いかにも科学的な根拠が存在するかのように見せかける理論である。
疑似科学や、ニセ科学ともいう。インチキ科学、トンデモとも。医療分野はえせ医療、にせ医学と称される」
上記リンク先の下部には、そのえせ科学の事例一覧が掲載されています。たしかに一部、怪しいものもありますが、「科学とは何か」と考えると、一部の事例にあるように「十分な科学的証拠がない」というだけで容易に否定する考え方はそれだけですでに科学的でないようにも思われます。
たとえば昔は欧州で、梅毒の治療法として水銀が使われていた時期があります。これも当時は医師によって行われていたことで、「科学的」と考えられていた治療法でした。
そう考えると現在、「有効な治療法」と考えられているものでも、将来的にはそうでなくなるものがたくさんあってもおかしくないでしょう。