泥棒の手口 | 万事塞翁がフランス

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フランス南西部に住んでもうじき30年になります。双子男女の母、フランス人夫の妻です。日常のあれこれをつぶやいています。

先日Dさんのお宅でいつものように仕事をしていたら、玄関のインターフォンが鳴った。

 

 超のつく瀟洒な高級住宅街にあるDさんのお宅だが、その界隈を一軒一軒訪問して、家の修繕、改修工事をセールスしてらっしゃる業者さんだった。フランスは、個人宅でも外壁の塗装を10年に1回ぐらいの頻度で塗りなおしているお宅が多い。家の手入れ、修理には熱心だ。

 

 

                          Dさんのお気に入り、フィンランドのクリスマスデコレーション

 

 

 Dさんが玄関から、門扉にいる業者さんとやりとりしているのを聞いていてふっと、あることを思い出していた。それはもうかれこれ18年ほど前の事件だった…。

 

 私は当時、街のド真ん中にあるFさんのお宅で働いていた。古いが格式のあるどっしりとしたアパートメントだった。家の玄関のブザーが鳴り、高齢のFさんに代わって私が出た。来客がそんなに頻繁にある家ではなかったので?と思いながらドアを少し開けた。ハンチング帽を被った、30代ぐらいの中背の男だった。

 

「はい、何でしょう」

「こちらの2階のお宅に伺うことになってるのですが留守みたいで、電話を掛けたいのですが番号が分からないので電話帳を貸して頂けませんか」みたいなことを言った。

 

 その男の喋り方に、なまりがある、と思った。スペインなまりでなく、アラブ系の感じではなく、東ヨーロッパみたいな感じだな、と。というのも、当時から、ルーマニアやバルト諸国一味による空き巣や泥棒の被害をちょくちょく耳にしていた。なので、頭の中で無音のアラームが鳴ったようで、少し開けたドアから手を放さず、

「いえ、あいにく電話帳はありませんので」と答えた。当時は携帯電話が普及しておらず各家庭に電話帳は必須だったので、もちろん嘘である。

 

 男は納得していない様子で「いや、あの…」とまだ続けたが、私は強硬にドアを閉めお引き取り願った。そして私は確信した。うむ…、これは間違いなく泥棒の下見だと。決定的だったのが、ちょっと開いたドア越しに男はしきりに居間や廊下の仔細を伺っていたことだ。しっかりと鍵をかけ直したことを確認して、怪しいヤツを追い払ったことに胸をなでおろした。Fさんにはことのいきさつを説明して警戒を促した。

 

 しかし、その数日後に事件は起きた。起きてしまった。私がいない時に泥棒に入られたのだ。Fさんは息子さんと二人暮らしだった。60代の息子さんは犬を飼っていて毎日犬の散歩のために2,3回は必ず家を留守にする。その留守の最中に、まさに東欧なまりの男二人組が訪れて、(私の警告にも関わらずFさんはまんまとドアを開けちゃった!)

「水回りの修理です。え?息子さんから聞いておられない? はい、何でも急いでいるとのことで」と、愛想よくうまくFさんを言いくるめて中に入った。

 そこからが非常によく出来たシナリオ、と言うのは不謹慎だが、一人がFさんを椅子に座らせ世間話や何だかんだでFさんの注意を逸らしたうえ、前に立って視界を塞ぐ。その間、相棒がいかにも作業をしているように動きながら金目の物を運び出していた、というわけだ。

 

 Fさんは定年まで、何とあの、ルーブル美術館の商業部門のディレクターをしていた女性である。そして亡くなったご主人は彫刻家であった。(このFさんに関しては本当に色々と思い出話があり、おいおい書いていけたらと思う)

 なので、室内には数々の美術調度品が飾られていた。それをごっそり持って行かれたようだ。大変に大事にしていた彫刻家のご主人の手による、ルーブルにも展示されていた古代エジプトのある彫刻のレプリカも取られた。あと、廊下にずっと置いてあっためちゃくちゃ重い、天使と女神をモチーフにした彫刻も、かなり価値のあるものだったと、この時に初めて知った。

 

 これに息子さんは怒髪天を衝くほど怒ったとか。もちろん警察に届け出、家に事情聴取もあったようだが、簡単に尻尾をつかまれるような相手ではなかったのだろう。その後、盗品が見つかったという話は聞いていない。

 

 それにしても、この強盗団の手口たるや。あとあと推察するに、息子さんの外出時間のパターンをどこかで見張って把握していたらしいこと。どこで聞き込みをしていたのか、Fさんが高齢で体が弱っていたのを知っていたのだろうか。色々考えてしまった。そして、私の仕事時間帯をも把握していたとしか思えず、ちょっとゾッとした。

 

 本当にこういうヤカラはプロ、なのである。恐ろしい…。