地元の運動会で、演武をした時のことだった。そこに参加していた、少し遠い所の子ども会に参加している子どもと保護者が私の所にやってきた。幼いときから格闘技に憧れていたが、近くには柔道の道場しかないため、探していたという。今、見たところ女子が多く、本人が足りたいと言うので入門させてもらえませんか?と。運動が苦手という彼女だが、どうしてもやりたいらしい。「いきなり入門というのでなく、暫く体験させてあげればいいですよ。」と練習日時と場所を教える。

 次の練習日、誰よりも早く道場へやってきた(本気みたいだな。)。練習を始める前に皆に紹介し、仲良くするように話し練習開始。私が指示しなくても、一番上級生が彼女の手を引いて後ろへ行き、一から一緒にやっている。

 一日目が終わり、感想を聞いてみると『面白い』という。何が面白いの?と聞くと、『全部』と答える。結局続けることになった。保護者は『この子、何をやっても中途半端で、最後まで続いたことがないんです。こんな子でも大丈夫でしょうか?』と言う。「大丈夫でしょう、兎に角やらせてみましょう。」ということでやらせていた。

 日が経つに連れ、彼女の性格がわかってくる。決して目立たないが、話し掛けると嬉しそうに答える。「誰を目標にする?」と聞くと、「上手い人」。「上手い人は沢山いるだろう?」「上手な人。」「誰?」と聞くと指を指して「あの人」と、なんと一番上達の早い子を見ている。(本当に好きなんだなぁと感じる)それを横目で見ていた子(涼)がいることを、この時は知らなかった。

 小学5年生の時、母親に「今年、全国大会へ出場するんですが、連れて行きたいんです。」と話した。「上達の早道は、上手な子の試合を見て、自分のものにすることも必要なんです。」「子どもが行きたがっているのなら」「本人はご家庭のことを考えて言えないと言ってます。連れて行ってもいいですか?」「わかりました。お願いします。」と言う事で、行くことになったが、この時、横目で見ていた涼が「先生、私も行きたい。お母さんに話して。」と言い出した。(実は車の定員が一杯。どうしようかと考えていたが・・・)「わかった、一度話をしてあげよう。」「じゃあ、お母さんに来るように話する。」

 母親に隠さずに話をした。すると「涼、気持ちは判るけど、中学に入ったら空手は続けるの?迷ってたじゃない。来年にしなさい。中途半端な気持ちの時には、行かせたくないから。」と。「あっ、そうだった。先生、中学に入っても続けるかどうか決めてから連れて行ってください。今回はいいです。」と。

 この結果、彼女は全国大会出場を目標に頑張るようになっていく。中一の時、県外の試合に参加した帰りのことである。車中でみんなのテンションがあがり、耳が痛くなるような声を出して、歌を歌っていたとき、一人が歌詞を間違えた。それほどおかしなことではなかったが、広実が突然笑い出した。「どうした?」と聞くと、「ワハハハハ、だって、ワハハハハ、発音を、ワハハハハハハハハハ、意 わはははは 味 ははっはははは、ヒー、ヒー、ヒッ!」と。乗っていた子ども達、この声を聞いて全員が笑い出し、「ひろみん、おかしい」と言い出した。「何が?」と私が聞いたが、広実は笑いが止まらない。10分くらい皆は笑い続け、ようやく納まってきたかと思ったら、又、広実が笑い出す。ねじの壊れた笑い袋みたいだ。それを見ていた子ども達、又笑い出し、約1時間もの間笑いつづけた。

 一段落をして見て見ると、寝息を立てて眠りだした。ようやく静かになった車中に、しゃっくりが響く。もちろん広実。寝ながらしゃっくりをしている。高速を降り、そろそろ起こさないといけないと思い声をかけた。一斉に目を覚ます。「今・・・どこ?」「何時?」「お腹すいたぁ」口々に言いたいことを言っている。ここで要らない一言が・・・・「ひろみん、お産の経験あるの?」これを聞いて広実が「ふっふっふっふ、わっはっはっはっは、ヒッヒッヒッヒッヒ、がははははははは」又始まった。「何がおかしい?」と追い討ちをかけてしまった。「ぎゃはははははははは。だっ、わははは、て、ヒーヒー、思い、がははははhだ、ヒー、ヒー、し、ぎゃははは、て、ヒック、しま、ヒック、って、ヒック、しま、ぎゃはははははった。よぉ~。わははははははははははははは、ヒーヒー、ヒック」と涙を流しながら笑いこけ、それを見ていた皆が笑いの渦に巻き込まれた。広実が一段落したと思ったら、「ははは、お腹が痛いよぉ~、わははははははは」「お腹いたい~、ぎゃははははは、ヒーヒーヒー」「お産か?」「わあああはははははは、やめてよぉ~、がはははは」

 自宅へ着いて降りる時、母親とおじいちゃんが迎えに出てきたが、泣いている広実を見て「どうしたの?」と聞くと、又、笑い出した。そして「お腹が痛いよぉ~」お母さんが「えっ?」私が「実は・・・・と事情を説明。きっと筋肉痛ですよ」と言うと、「様子見てみます。」

 結局、次の練習日に、筋肉痛だったと。「腹筋するより、いい運動かも。ところでお産経験あるのかい?」と聞くと「止めてよ。思い出すから。ははははは、あーお腹が痛い」と言いながら、練習を始めた。

 中1で念願の黒帯。中2で中学県大会予選3位入賞。組手も嫌がらず、中3まで頑張り続けたが・・・・実は、学校では相当態度が悪かったらしい。どうも友達が悪事に引っ張り込むということで、高校進学が難しいと言われたとのこと。私は「広実、敬愛へ行け。そこで空手を頑張るんだ。合宿を見学しに行っただろう?あの先生ならきっと強くしてくれる。勉強じゃなく、空手をやりに行け!先生が話ししてやる。」と言うと「行けるんなら、行く。」と。そこでY先生に相談するとOKですが、費用は大丈夫でしょうか?」と「母親に話して、OK出れば伺います」。

 母親に話をした。「この子、私や家族の者が言っても言うことを聞きません。学校の先生も困っています。なのに、何故、先生の言うことは素直に聞くんでしょう?親として自身を無くします。」と。「広実は私に家庭内のことは全て話をしてくれています。もちろん、不平・不満も言います。その時に分るように話をしてやると、言うことを聞くようになりました。」  「あー、それで練習へ行った後は、素直になるんですね。」と。「学校は行かせてやりたいんですが、下の子もおり、生活が大変で申し訳ありません。」と。これを聞いた広実「家計大変だから仕方ないかな。先生、ありがとう。夢を持たせてくれて。市内の学校へ行けるように頑張るよ。」と。

 結局、市内の高校へ進学したが、2年生で中退してしまった。先日、おじいちゃんが来て、「あの時、先生の言うとおりにしていれば・・・」と言っていた。

 広実は次の大会に、手伝いに来てくれると言っている。

第1期全国中学生大会出場メンバーが卒業してから5年目に、クラブを卒業したSが高校の新人戦に出場したいと言い出した。

3回目のことで要領は得ていたので、早速、高校体育連盟事務局の先生に依頼。予選会場へ保護者同伴、私の車で出発。(母親と子どもと私とで。何かおかしいが)。

会場入りし、選手は準備に。母親は観覧席に。私は監督会議を終えて、弟子に注意事項をし観覧席へ。母親と話をしていた。そこへある道場の父兄が頭を下げている。私には心当たりがないので怪訝な顔で見ていると、再度頭を下げたのでその父兄の下へ。

父兄曰く「Mちゃん、Yちゃんの先生ですよね。奥さんとお話中すみません。」と母親に頭を下げている。【母親も下げ返したので完全に誤解された(・・;)】「それにしてもきれいな奥さんですね。」から会話が始まった(あえて否定しなかった)

「実は・・、私の娘なんですが、今度の国体に出場するのですが、ちょっと問題がありまして。できるなら先生が娘の監督で行ってやってもらえないでしょうか?」と。事情を聞くと「国体選手選考会に出場し、優勝したんですが、県連から『国体選手の選考会なんで、国体へは違う選手が出場することになりました。娘さんは出場できないので悪しからず。』と娘を目の前にして、県連の事務局長が言いにきました。娘は泣くし、私達もおかしいと抗議しましたが、聞き入れてもらえませんでした。そこで、県会議員を通じて県連の会長と話をしてもらい、ようやく娘が出場できるようになったのですが、監督が県連の事務局長と聞き、今度は娘が出場したくないと言い出したのです。娘は事務局長を、毛嫌いしており言うことを聞きません。どうしたものかと考えましたが、娘は先生にお願いして欲しいと言っているのです。私がここまでなれたのは、MちゃんやYちゃんを倒すことを目標としてきたからで、その子達を育てた先生がいいと言うのです。どうにかならないでしょうか?」とのこと。

「国体へは県連を通じて出場することになっており、監督も事前に届けられた者でないとできないシステムになっています。お気持ちは嬉しいですが、私は事情があって県連へも加盟していません。気持ちはあってもどうにもならないので」と返した。すると「実はもう一点、お願いがあります。そのことも含めて解決できるのですが、先生にうちの道場の指導者になって欲しいのです。今の先生は独占的で、生徒が嫌がっており、保護者も良いようには思っていません。保護者の間で話し合い、私が代表で来させていただいたのです。」と。

(私も勤務や生活があり、通える距離で無いことは分かっているはずだが・・・)そう思いましたが、「凄くありがたい話ですが、師範に一度相談しないといけません。それに生活の拠点の問題もありますし、難しいと思います。申し訳ありません。」と言いましたが、「奥さんに話しましょうか?」と。ここで「いや、あの方は生徒の保護者です。」と断りを入れた。「すみません。何も分からなくて。でも真剣に考えてください。」と。

私は思った。(私なんて大した者じゃない。こんな私をここまでにしてくれた弟子達よ。「口を開けばMちゃん、Yちゃんの先生」君達のおかげで、私はいろんな人から大切にされ、頼られるようになった。本当にありがとう。)

おまけ

試合が終了(勿論、優勝)し、帰途についたが、途中名所によって昼食を。ここでも夫婦に間違われ、「ご主人、3人で写真をお撮りしましょうか?」と。あわてて打ち消そうとしたら、保護者は「いいじゃないですか。知らない人だし」と。保護者にすみませんと言ったら、保護者は私は光栄ですよ。

平成10年の七夕、13名の子どもでスタートした道場。その13名。次の日には半数になり、新たに7名が体験。半月後には最初のメンバーの中で、小学1年の女子が1名。2度目に体験に来た中で3名。1ヶ月が経過した時に落ち着きだした(2代目キャプテンが努力していたことは誰も知らない)。
※約1ヶ月、毎日、筋力トレーニングと基本の繰り返しで、メンバーが入れ替わるため、同じ事の繰り返しであった。

ある中学3年の女子Y・B。小学生時代に剣道を習っていたが、右アキレス腱を断裂し剣道を辞めることになった。空手を始めるように誘うと、「格闘技は大好きだが、足が・・」と靴下を脱いで見せる。傷跡が痛々しい。「どっちを向けると痛い?」と聞くと、「もう痛みはないけど、怖い」と。「空手は剣道と違い、左右対称の動きだから、構えも変えることができるよ。自分の出来る運動をすればいいからやってみないか?」と言うと「親とも相談しないといけないし、考えさせて」と。
(実はこの時、この子に対して何かを感じていた。ただ漠然と『この子、やらせてみると強くなる。』と感じた。)

彼女は3回目の練習から参加し始めた。運動感覚が抜群にいい。少しコツを教えるとすぐにやってしまう。それを横目で見ている小学5年の女子Y・S(2代目キャプテンで、夏休みには、毎日宿題をやりに来て、3時過ぎから5時過ぎまで練習に付き合わされた。)。同じ事をやっている。

9月の昇級試験。始めて2ヶ月強。緊張しながら受けたY・Bは・・なっ、何と!!いきなり色帯に。当の本人もビックリ。師範曰く「経験者か?上手すぎる」と。それだけではなかった。受験者の殆どが飛び級。(Y・Sが密かに闘志を燃やしていたことに気づいていなかった。)

結果発表の練習日、自分が休んでも練習ができるように弟子に相談。結果、キャプテンを決めることとなる。Y・Bの同級生2名。以下小学5年生4名、小学3年生3名の話し合いの結果、全員一致でY・Bを初代キャプテンに。この子がこの後凄いことをやってしまう。

3ヶ月が経過した頃、職場に恵まれていたこともあり、生徒は40人近くになっていた。ただでさえ狭い体育室。それなのに、私は、この子と思った子をどんどんと(半強制的に)やらせていった。

一年が経過した頃、師範から「大学生の大会に出してみないか?」と相談を受け、Y・Bに話すと「足のことがあるし、今度、切ったら松葉杖になるし、親も猛反対してるし。」「自分はどうなんだ?」「出てみたい。」「じゃあ出よう。」「足は?」「心配ない。これから特訓だ!」

右構えに立たせ。左足を前に踏み込んでの二連突き。前に突っ込み右足での前蹴り。これを繰り返し、決して跳ねないように注意。試合に出させた。

試合当日、小学6年になったY・Sと同級生、見てる前で大学生を相手に、3位に入賞。賞状を手にしたY・B。「先生、私、生まれて初めて賞状貰った。宝物!師範、ありがとうございました。」大学の部員に囲まれY・Bは照れまくり。
(良かったね。)これを見ていた小学6年のY・S、「先生、あの攻め方、特訓して!」私は後日、地獄を見た。

高校2年の春休み前。Y・Bが練習後泣いている。「先生、お別れ。」「えっ?」「お父さんの仕事の都合で県外へ行かなきゃならない。」「学校は?」「転校する。」私はY・Bの自宅へ行き、母親と話をしたが・・・「どうにもならないので、申し訳ない」と。

私はY・Bに「会うは別れの始めなり。いつかは必ずお別れするんだ。人生が終了する時にね。どこへ行っても頑張る心を忘れないようにね。生きていれば又会えるから。」

Y・B・・風の便りに聞いたところ、中学生の時に夢見ていた「婦人警官」になって頑張っているらしい。

初代キャプテンから指名を受けた二代目キャプテンY・S。統率力と説得力が素晴らしい。3年目に入った道場の生徒70名を引っ張っていってる。約1名を除き、号令一つで全員が動く。(この約1名、M・H私が感じたものがあり、小学5年の冬休みに本人が拒否するにも関わらず、無理にさせたので仕方がない。)どうも、同級生が引っ張っているのが気に食わないらしい。私が注意すると「辞めてやる」と脅す。弱みを握られてしまった。

私はなぜかM・Hに引き付けられ、M・Hの保護者に頼み、M・Hの親戚の男の子にも頼み、ようやく入部させた経緯をもっているの。「何で?」そこまで、と周囲からも、子ども達からも「えこひいき」と見られてまでもM・Hを辞めさせたくなかった。(このときは、周辺や職場の同僚から俗に言う「マザコン」と見られ注意を受けたが、それでも「自我」を押し通した。

学校の先生や、職場の者がM・Hを叱ってもかばいまくった。二代目キャプテンからも弟子たちからも、師範からも注意を受けたが、私は堪えつづけた。そのせいか、M・Hが反抗期に入ってから、誰が言っても言うことを聞かないのに、私には従順に従い、素直であったが。

あるとき、二代目キャプテンが指導のことについて意見したことがあった。Y・Sの言うことは筋が通っており、間違ってはいない。しかし、言い出したら聞かないところもあるので「Y!今君は誰に空手を習ってるんだ!先生の言うことが納得できないなら、辞めればいい。習っている間は、先生の言うことを聞くのが当たり前だろう!」と、つい怒鳴ってしまった。Y・Sは素直に引き下がった。それから先は口答えをすることはなかったが、「先生なら私の疑問や、悩みを解決してね」と言われた。

中学校の大会に出場するために、団体を組むことになり、私はわざとM・Hを指名した。Y・Sは「他の者より遅れて入った子をメンバーに入れたら、早くからやってる子が可愛そうじゃない」私は「じゃあ、勝てなくてもいいな?」Y・Sは「絶対に勝てるの?」。私「絶対に勝つ。疑問を持ったら負ける。」Y・S「わかった。M!練習するよ。やる限りは絶対勝つんだ。」M・H「そんなこと、言われんでも分かってる。それより、私に合わせられるん?」(あー怖い。女のバトルしてる)Y・S「どっちが!やるよ!」間に入った気の弱いH・Nしぶしぶついて行く。Y・Sは残ったM・Yに「あんたも悔しかったらメンバーの座を取ったるという気持ちで練習せんとアカンで!やってる者はわからんから、見ててどこが悪いか教えて。」(私は、4人に任せておき、他の生徒の指導に入った。)

大会前日、Y・Sが練習前にやってきて「先生、M・Hとやりたくない!M・H、学校でも皆に嫌われて、友達もできない。私らがかばうようにしたら、皆怒ってくる。関わりたくない」と。「すまん。我慢してくれ。何故、先生があの子に目をかけているか、Yなら二年後に分かる。黙って先生を信じてくれ!」Y・S「わかった。頑張ってみる。他のメンバーにもそう言っとく!」

このような事態が続いたが、中二になった3人。全中をかけての予選。(私は子ども達に、手の届かない先生の指導を受けられたら、受けさせてやりたい。Nチームのコーチと知り合えたら。と弟に常々話していた。)会場で試合開始を待っている時、入り口から入ってきた一人の女性。『?見たことあるような・・』。その女性、大会本部へ行って何か話ししている。っと近くを通った保護者『NチームのY先生来てる。・・・』!!!!!そうだ!雑誌で見たことがあったあの先生。で、振り返ると、大会本部の先生が「こちらの先生です」。女性が一礼。私は何が起こったのかわからず・・・・・放心状態。そこへ3名が戻って来て「先生、だあれ?」。とっさに「挨拶せんか!」怒鳴ってしまった。

その先生「まあまあ。」と。「実は、弟さんから兄弟高校のM先生に、今日和歌山で予選会があるから、暇と興味があったら見に行ってやって欲しいと連絡が入り、そのMは予定がって来られませんでしたが、弟さんが言うからには何かあると思って見に来ました」とのこと。「弟さん、その会場に下手糞な選手を連れてきてるから、笑いに行ってやってほしい、と。できたら声をかけてやってもらえたら、先生吹き出しますよ。と本当でした。」と満面の笑顔。

私は「出来そこないの愚弟がお世話になっています。空手界では、私は駆け出しです。先生のような方とお話できるような立場の者ではないですが、お会いできて嬉しいです。出来の悪い子ども達ですが見てやってください。」と。予選の結果は、まさかの全種目優勝。Y先生「先生、おっしゃてることと、やっていること違うじゃないですか!楽しみですね。あっ、そうだ。この夏から女子中学生を対象に合宿をやることになってるんで、ご都合よければ参加して下さい。当日はNチーム形のコーチも来ますし、Nチーム現役の選手も来てくれますので。ご案内を差し上げます。住所を教えて下さい。」と。

一体何なんだ?どうなっているんだ?その夜、弟に電話すると「兄貴、夢叶ったか?よかったな。頑張れよ」、「ありがとう」、「礼なんか言うな。兄弟だろ?」笑って電話を切った。が、この後妹までもが知人であったとは・・・・

次の年に事件勃発。同大会に再びY先生。試合が終わって「先生、あのM・Hさん、うちの学校へ来るように説得してもらえませんか?」社交辞令だろうと思ったが「何とか説得してください。本当に素晴らしい。どうしても欲しいんです。お願いしますよ。」と。

試合終了後、M・Hに話すと、「行かない」の一言。保護者も説得したが、「これだけは先生の言うこと聞けない。」
彼女の人生の岐路だった。Y・Sが「先生の言ってた事。分かったよ。M・H、私達にお礼言って来た。皆のお陰でここまでこれったって。私達、人の役に立ったんだね。」。「そうだよ。」

「ところで、Y、高校どうするんだ?」「私は獣医さんになって、黒人さんと結婚するんだ。だから、語学の学校へ行く。」

卒業後、Y・Sは大阪の外国語専門学校へ行き、海外留学。外国ではカンフーがはやっており、Y・Sの行った学校のクラスで、空手を習いに行こうということになったけど、「出来るよ」の一言で、友達がいっぱい出来たということである。
現在Y・Sはアメリカへ行き、獣医に関係する仕事につき、黒人さんと結婚にして、幸せに暮らしているらしい。

ところで、M・H、高校へ行っても空手が忘れられず、ちょくちょく顔を出していた。で、新人戦予選に出場。壇上にあるトロフィを見て、「先生、あの一番大きい分欲しい。」「簡単じゃないぞ」と言うと「絶対取るもん!」見事手にした。「私は欲しい物は絶対手に入れる。先生だって手に入れたでしょ。」笑う彼女は笑顔一杯。でも高校では・・・教頭先生から「どうして彼女は先生の言うことは素直に聞くんですか?」「理由は分かりません。ただ、父親みたいに思っているのでは?」に教頭先生「そうですか」。

この教頭先生に会わせてくれたのがM・H。知らなかったが2年連続剣道日本一で、私の大学の先輩(・・;)。

近畿大会会場。M・Hと保護者、私が観覧席で座っていると、M・Hに頭を下げていく子どもが・・・。「先生の知り合い?」「いいや、Mに頭下げてたぞ。Mの知り合いじゃ?」「知らないよ」通過するたび頭を下げる子どもが。中に近づいてきて「Mさんですよね。憧れの人と会えて嬉しいです。友達になって下さい。」と。M、「どうなってるの?まっ、いいや試合行ってくる。」
三代目キャプテンK・S・・・・と言うより、何時の間にか最上級生が引っ張っていってくれるようになり、わざわざ決める必要がなくなりました。

毎年、最上級生が引っ張っていってくれますが、この時になって、初めて私の気持ちを理解するようになります。と同時に自己反省も。「あんた達、うるさいのに、気合が何故出ないの?」とか「うるさい!黙ってやれ!」とか。中には「もうやってられない」と愚痴をこぼす子も。「先生、何とかならない?」・・・

私は弟子達に「先生がいない時は、黒帯が先生だよ。同じ色の帯を巻いてるだろう!黒帯の言うことは先生の言うこと。きちんと聞かないと上達しないよ。」と毎回言っているのだが。

目標となった二代目キャプテン。弟子達の殆どが「やさしい。教え方が上手い。強い。Yちゃんのようになりたい。」だったが・・・M・Hはきつすぎて。

ある日、練習に行くと、いつも騒がしいのに、なぜか静まり返っている。カレンダーと時計を確認したが間違いなく練習日である。道場へ入って行くと、顔を出したのがM・H。「こんにちわ!」と元気がいい。皆に「挨拶は?」ようやく小声で「こんにちわ」するとM・H「声が小さい!やり直し!」現役当時からは想像できない礼儀と言葉使い。練習を済ませた後、M・Hが「先生、一言、皆に言っていい?」と。「いいよ」と言うと、正座をしている後ろから「あんたら!先生の言うことを聞いてないらしいじゃないっ!あんたらは、先生に空手を教えてもらってるんだよ。誰がこんなうるさい連中を見てくれると思ってるの!これからは先生の言うことに大きな声で返事して、最初と帰るとき挨拶するんだよ。出来てなかったらぶっ飛ばすよっ!・・・先生、失礼しました。」

これには私がビックリ。M・Hに聞いてみると、「誰が何を言っても、私をかばってくれたのは先生だけ。大人は皆私を叱るだけでどうしたらいいか教えてくれなかった。私がへこんでる時も、我がまま言ってる時も、言葉遣いが悪い時も、どんな時でも聞き入れてくれてた。だから、先生の前では私は素直になれる。分かってくれてるから。・・その先生を馬鹿にする者は私が許さない。」

人は変わるものだと思い知らされた。で、三代目はキャプテンは受けなかったが、この血を引いているのか、以後、きつくなってしまい、子ども達は怖がるようになってしまった。

四代目は二代目の妹N・S。姉と違い、のんびりしていてマイペース。決して表情を表に出さない。姉がうるさいから空手を始めさせられ、何時の間にか癖になってしまったらしい。

五代目は、学年でたった一人残ったS・S(一人っ子のため、年下を育てるのが苦手)。大変だろうと思い後輩のN・Yに手伝うように。空手が好きで、内面に闘志を秘めている。試合で負けると、N・Yに負けないくらい泣き虫。

六代目は、N・Y。この子も私が学校の運動会で目をつけて、強制的にやらせた子。未だに本人は「なぜ空手をしているのか分からない」と言いながら、続けている。

七代目は気まぐれで、一年間、キャプテン不在。今年になってようやく目覚め、今意地になってやっているが、今年から道場のキャプテン、学校のクラブのキャプテン、小学部のキャプテンと3人にした。

歴代キャプテンは女子。学校のクラブ活動としてのキャプテン、初めての男子である。

これからも、いろいろな子ども達が習いに来るだろう。そして、歴史が積み重ねられることだろう。泣き、笑い、喜び、悲しみ、いつまでも子どもの気持ちを大切にできる指導者でありたいと思う。