《新古今和歌集・巻第十八・雑歌下》

 

1690

山

菅贈(くわんぞう)太政大臣

あしひきのこなたかなたに道はあれど都(みやこ)へいざといふ人ぞなき

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

山

菅贈太政大臣

山のこちらにもあちらにも道はあるけど、

「都へ、さあ、行こう」と言ってくれる人はないことだ。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;山

 

作者;死後、右大臣に復された菅原道真の気持ちを歌に詠みます。

 

 

菅原道真は

荒々しく、

激しく、

不快なやりかたで

退却させられました。

 

その噂は

あちこちに知れ渡ったのですが

 

「天皇のいる都へ、さあ戻りなさい」という人は

いませんでしたよ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

1690番から1701番まで

作者名が、「菅贈太政大臣」となっています。

菅原道真の死後、

923年4月20日、従二位大宰員外帥から右大臣に復され、

正二位となったのちの歌だと思われます。

道真の死後、

他の誰かが道真の気持ちを汲んで詠んだのでしょう。

 

 

菅原道真:845年6月25日〜903年2月25日(享年59)。

宇多天皇に重用され、寛平の治を支えたひとり。

醍醐天皇のとき、右大臣。

901年1月25日、謀反を計画したとして大宰員外帥に左遷(昌泰の変)。

宇多天皇は、道真の左遷を止めようと尽力したが、叶わなかった。

道真の大宰府への移動はすべて自費によって支弁し、

左遷後は俸給や従者も与えられず、政務にあたることも禁じられた。

『菅家後集』に収められた「叙意一百韻(じょいいっぴゃくいん)」では、

左遷・流謫の身に至るまでの自らの嘆きを綴っている。

左遷から二年後に大宰府にて逝去。

刑死ではないが、衣食住もままならず、

窮死に追い込まれたわけで、緩慢な死罪に等しい。

道真が大宰府で没した後、京では厄災が続き、

これが道真の怨念だと噂される。

923年4月20日、従二位大宰員外帥から右大臣に復され、

正二位となり、947年、北野天満宮にて神として祀られる。

道真の左遷については、『古今和歌集』等の中でも多くの歌が詠まれている。

 

やま:山岳。比叡山。築山。墓地。天皇の陵。多く積み重なっていること。憧れたり仰ぎ見たりするもの。物事の絶頂。

 

あしひきの:山

 

あし:足。脚。歩くこと。雨足。船の速度。

あし:植物の葦。

あし:悪い。不適当だ。不都合だ。具合が悪い。見苦しい。みっともない。卑しい。貧しい。悪い。不快だ。すぐれない。荒々しい。激しい。下手だ。劣っている。

 

ひき:引くこと。率いること。導き。引き立て。手助け。助け。つて。

ひく:退く。退却する。

ひく:引っ張る。引き抜く。取り去る。取り外す。引いて張り巡らす。弓を引く。引きずる。導く。心を惹きつける。誘う。引用する。線を書く。地ならしをする。贈り物として与える。入浴する。つまびく。

 

こなたかなた:こちらとあちら。こちら側とあちら側。両方。あちこち。方々。

こなた:こちら。こっち。

かなた:あちらの方。あちら。向こう。

 

みち:通路。途中。道理。すじみち。道徳。教義。方法。ある方面。

みち:満ちること。

みつ:充満する。満ちる。満月、満潮になる。叶う。知れ渡る。

 

あり:存在する。いる。ある。生きている。その場にいる。居合わせる。時間が過ぎる。経過する。栄えて暮らす。優れている。良いところがある。

 

ある:生まれる。

ある:天候などが荒々しくなる。荒れ狂う。荒廃する。人心がすさむ。興ざめする。しらける。

ある:遠のく。離れる。散り散りになる。

 

ども:〜が。〜のに。〜けれども。〜てもいつも。〜でも必ず。

 

みやこ:皇居のある所。

みやこ:宮の子。

 

いさ:さあ。ええと。いいえ。でも。さあどうだか。さあどうだか知らない。

いざ:さあ。どれ。

 

いふ:言う。名付ける。噂をする。評判になる。求婚する。動物が鳴く。

 

ひと:人間。世間の人。大人。立派な人。人柄。性質。身分。他人。あの人。従者。あなた。

 

なき:泣き。亡き。鳴き。無き。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

菅原道真:右大臣であった901年、藤原時平の讒言で大宰権帥に左遷され、

大宰府に配流されて、903年、配所で没した。

この作から1701の歌までは、すべて一字題の題詠に託した配所での述懐の歌。