《新古今和歌集・巻第十一・恋歌一》
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読人しらず
ありとのみ音(おと)に聞きつつ音羽川(おとはがは)渡らば袖に影も見えなん
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
読人しらず
思う人がいるとだけ、音に
ーー噂に聞き続けているが、
その音のゆかりの音羽川を渡ったなら、
濡れる袖に思う人の姿も
きっと映って見えることであろう。
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✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;題はつけないでおきます。
作者;私の名は明かさないでおきます。
私が恋しく想うあの方は
元気で、
栄えて暮らしていらっしゃる…
ということだけ
噂に伝え聞きました。
「音(=噂)が永遠に流れ続けている」という言霊がある
「音羽川」を渡ったら
涙で濡れた私の袖に
あの方の姿が
映ってくれたらいいのに…。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
あり:存在する。いる。ある。生きている。その場にいる。居合わせる。時間が過ぎる。経過する。栄えて暮らす。優れている。良いところがある。
ある:生まれる。出現する。
ある:荒々しくなる。荒廃する。すさむ。興ざめする。
ある:遠のく。離れる。
のみ:〜だけ。〜ばかり。とりわけ。特に。ただもう〜する。ひたすら〜である。〜するばかり。
のむ:頭を垂れて祈る。懇願する。
おと:弟。妹。末っ子。
おと:物音。響き。声。鳴き声。評判。うわさ。便り。音沙汰。
きく:天皇家の象徴。
きく:うまく働く。役に立つ。上手である。優れている。
きく:聞いて知る。聞いて思う。聞き入れる。尋ねる。問う。味や香りを試す。匂いをかぐ。吟味する。
きく:菊。奈良時代、中国から渡来した。平安時代より秋を代表する花のひとつ。襲の色目。菊の花や葉を用いた文様。
つつ:伝える。ことづける。
つつ:何度も~して。しきりに~して。ずっと~して。~ながら。~ことだよ。
音羽川:京都市左京区修学院あたりを流れている川。
とは:永遠。
わたる:越えていく。過ぎる。通る。行く。過ごす。またがる。広く通じる。いらっしゃる。長い間ずっと〜し続ける。一面に〜する。ずっと〜する。
そで:袖。
かげ:人やものの後方。物陰。隠れ場所。人目につかないところ。恩恵。おかげ。庇護。
かげ:光。姿。形。水面や鏡にうつる姿、形。面影。影法師。痩せ衰えた様子。やつれた姿。虚像。幻影。影のように寄り添って離れないもの。死者の霊魂。
かけ:結びつけること。口に出して言うこと。
かけ:馬に乗って走らせること。
み:美しい。立派な。
み:からだ。身分。身の上。自分自身。命。本体。中身。
みる:目にする。見て判断する。対面する。経験する。試みる。夫婦になる。世話をする。
みゆ:見える。目に入る。来る。現れる。思われる。感じられる。見かける。見なれる。人に見せる。人に見られる。人に会う。結婚する。
なむ:南無。仏を信じ、それに帰依すること。
なむ:一列に連なる。並ぶ。
なむ:いまごろは〜だろう。〜ているだろう。
む:〜だろう。〜よう。〜がよい。〜ませんか。〜ような。〜としたら。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
師輔集
「な」は完了の助動詞「ぬ」の已然形で、強意。
諸注は、「なん」を願望の助詞と解しているようである。