《新古今和歌集・巻第九・離別歌》

 

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陸奥国(みちのくに)の守(かみ)基頼(もとより)の朝臣、

久しく逢ひ見ぬよし申して、

いつ上(のぼ)るべしとも言はず侍りければ

基俊(もととし)

帰り来(こ)んほど思ふにも武隈(たけくま)のまつわが身こそいたく老(お)いぬれ

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

陸奥国守基頼の朝臣が、

久しく逢わないということを申して、

いつ任が解けて上京するであろうとも

言いませんでしたので

基俊

あなたはいつ帰ってこられるのでしょうか。

その時期を思うにつけても、

あなたの国にある老いた武隈の松のように、

お待ち申しているわたしの身は、

ひどく老いてしまったことです。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;私の兄で、

陸奥国守として東北地方に赴任している基頼が

長い間、逢えないでいる事情を話してきました。

いつ上京できるかとも言わないでいたので

歌を詠みました。

 

作者;藤原基俊

 

 

あなたが赴任している地には

「武隈の松」が生えていますね。

 

「武隈の松」は

老樹の二本松で、

まるで私たち兄弟のよう。

 

お兄さんが帰ってくる時が

いつになるのかと

考えるけれど

 

帰りを待っている私の身体こそ

たいそう老いてしまいましたよ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

藤原基俊:1060年〜1142年1月16日(享年83)。

1138年、出家。

堀河天皇、鳥羽天皇、崇徳天皇に仕えた。

 

藤原基頼:1040年〜1122年5月27日(享年83)。

堀河天皇、鳥羽天皇に仕えた。

基俊の兄。

1103年から陸奥守。

1108年から陸奥守を重任。

1113年から能登守。

 

よし:由来。いわれ。理由。わけ。口実。言い訳。方法。手段。情趣。風情。奥ゆかしさ。縁故。ゆかり。つて。趣旨。事情。いきさつ。次第。そぶり。ふり。ようす。

 

よし:優れている。価値が高い。立派だ。美しい。気立が良い。人柄がよい。身分が高い。教養がある。盛んだ。幸せだ。豊かだ。巧みだ。上手だ。楽しい。こころよい。えんぎがよい。めでたい。適当だ。都合がよい。親しい。むつまじい。正しい。道理だ。効果がある。十分だ。完全だ。かまわない。差しつかえない。〜しやすい。

 

よす:近づく。寄る。

 

かへりく:帰ってくる。戻ってくる。

かへり:帰ること。帰り道。返事。返答。返歌。

 

ほど:とき。間。ころ。時分。しばらくのあいだ。期間。年月。月日。距離。長さ。広さ。大きさ。高さ。あたり。付近。身分。間柄。年齢。程度。ようす。ありさま。〜くらい。

 

ふる:泣く。降る。古くなる。振る。震る。

 

おもふ:思う。考える。思案する。愛しく思う。恋をする。懐かしく思う。回想する。望む。願う。希望する。心配する。悩む。嘆く。苦しく思う。予想する。〜そうな顔をする。

 

おもひ:思うこと。考え。希望。願望。願い。心配、悲しみなどの気持ち。もの思い。恋い慕う気持ち。思慕。愛情。予想。想像。喪中。喪に服すること。

 

たけ:竹。高くて大きい山。山頂。きのこ。

 

たけ:身長。身の丈。物の高さ。長さ。程度。

 

たけし:勇ましい。強い。勢いが盛んだ。強気だ。気丈だ。意地を張っている。優れている。まさっている。よい。大したものだ。精一杯だ。やっとできる。

 

くま:川や道などの曲がり角。奥まった所。人目につきにくい所。辺鄙な所。片田舎。心のうちに隠していること。隠し立て。秘密。光の当たらない所。かげ。曇り。暗がり。月にかかる雲の部分。歌舞伎の隈取り。

 

まつ:松。永久不変。待つ。

 

わがみ:自分のからだ。自分の身の上。自分自身。わたし。お前。

 

わが:私の。私たちの。私が。

わか:年の若い男の子。幼児。

わか:和歌。

 

み:美しい。立派な。

み:からだ。身分。身の上。自分自身。命。本体。中身。

 

いたく:ひどく。はなはだしく。たいそう。たいして。それほど。あまり。

 

いたし:苦痛である。痛い。つらい。かわいそうだ。いたわしい。いとしい。

 

おい:老いること。年をとること。老年。老人。

 

をふ:麻の生えているところ。麻原。

をふ:終わらせる。終える。し尽くす。

 

ぬる:濡れる。寝る。

 

ぬ:(完了)〜た。〜てしまった。(強意)きっと〜。〜てしまう。(並列)〜たり、〜たり。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

『基俊集』に第二句「程をふるにも」。

 

「武隈の松」は、

宮城県岩沼市(陸前国の国府のあった所)に

あったという老樹の二本松。和歌の名所。