《新古今和歌集・巻第九・離別歌》

 

873

老いたる親の、七月七日(ふづきなぬか)、

築紫(つくし)へ下(くだ)りけるに、

遥かに離れぬることを思ひて、

八日(やうか)の暁(あかつき)、

追ひて舟に乗る所に遣はしける

加賀左衛門(かがのさゑもん)

天(あま)の川(がは)空に聞(きこ)えし舟出(ふなで)にはわれぞまさりて今朝(けさ)は悲しき

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

老いた親が、七月七日に、築紫へ下った時に、

遠く離れてしまうことを思って、

八日の夜明けがた、追って舟に乗る所に贈った歌

加賀左衛門

天の川の流れているあの空で牽牛星が織女星と別れて

舟出をすると伝えられた、その舟出に比べて、

わたしのほうが、まさって、

今朝は、悲しいことです。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;年老いた親が、七月七日(七夕の日)に

築紫(福岡県)へ赴任することになりました。

遥か遠い土地へと離れてしまうことを悲しんで、

八日の明け方に、舟に乗るところに追って行き、

歌を贈りました。

 

作者;加賀左衛門

 

 

七月七日、

七夕の空では

織姫と彦星がお逢いになり、

 

八日の朝には

天の川に舟出して別れ別れになる…

 

そんな

空の上での七夕伝説のお話が

世に知られています。

 

父上もまた、

舟で海を渡って

(築紫へ)行かれることとなりました。

 

(年をとった親が遠方へ赴任するので)

落ち着かなく、

不安な気持ちで

涙がこぼれます。

 

可愛がっていただいた私とも

別れ別れになり

心が乱れ、砕けるようです。

 

七月八日の今朝、

切なく悲しい気持ちが

天の川伝説の悲しさより

一層まさって感じられることです。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

年をとった親が遠方へ赴任するということは、

道中の心配もあるし、

生きているうちに

再び逢えるかどうか分からないという

不安もあることでしょう。

そのために悲しさが増していると

うたっています。

 

加賀左衛門:生没年不詳。

はじめ入道一品宮脩子内親王に仕え、

のちに後朱雀天皇女御・藤原延子(えんし)(麗景殿)に仕えた女官。

1050年の「麗景殿女御歌合」から

1089年の「四条宮扇合」まで多くの歌合に参加した。

加賀守・丹波泰親の娘。

または、父を三河守・菅原為理、

母を丹波泰親女とする説もある。

 

あま:天。空。尼。海女。海人。

 

あまのかは:銀河。

 

かは:川。

 

かはる:異なる。変わる。月や年が改まる。普通と違う。異なっている。他と交代する。

 

そら:空。天空。天候。方向。場所。気持ち。心境。心細く不安な気持ち。あたりの雰囲気。たたずまい。

 

そらに:うつろな気持ちだ。うわのそらだ。気もそぞろだ。落ち着かない。根拠がない。よりどころがない。いいかげんだ。はかない。むなしい。かいがない。暗記して。何も見ないで。足元がおぼつかない。

 

きこゆ:聞こえる。評判になる。世に知られる。理解できる。

 

こゆ:肉付きがよくなる。太る。

こゆ:山や谷を越える。年や月が変わる。上回る。まさる。追い越す。

 

こゑ:声。鳴き声。音。音楽。

 

ふなで:舟出。

 

なづ:なでる。慈しむ。かわいがる。

 

われ:わたくし。自分自身。おまえ。

 

わる:砕ける。裂ける。割れる。分かれる。別々になる。心が乱れる。思い乱れる。秘密がばれる。露見する。押し分けて前に進む。打ち破る。

 

まさる:強まる。増える。すぐれる。秀でる。

 

けさ:今朝。袈裟。

 

かなし:かわいい。いとしい。心惹かれる。おもしろい。すばらしい。みごとに。うまく。切ない。悲しい。気の毒だ。かわいそうだ。貧しい。くやしい。ひどい。残念だ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

毎年七月七日の夜、

牽牛星が、天の川を渡って織女星に逢い、

七月八日の暁に別れて帰るという

中国の伝説による。