《新古今和歌集・巻第九・離別歌》
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田舎(ゐなか)へまかりける人に、
旅衣(たびごろも)遣はすとて
大中臣能宣(おほなかとみのよしのぶ)朝臣
秋霧(あきぎり)の立つ旅衣(たびごろも)置きて見よつゆばかりなる形見(かたみ)なりとも
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
田舎へ下って行った人に、旅衣を贈るというので
大中臣能宣朝臣
秋霧の立つ今、旅立たれるあなたに贈るこの旅衣を、
おそばに置いて見てください。
わずかばかりの形見であっても。
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✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;都を離れて地方へ下って行った人に、
旅で着る着物を贈るので
歌を詠みました。
作者;大中臣能宣
秋霧が立つ頃、
都を離れて
田舎へと旅立っていくあなた。
あなたがいた場所に空きができて
(=あなたがいなくなるので)
露のような涙がこぼれます。
旅立っていくあなたに
旅衣を贈ります。
秋霧が立つころ、
この衣を着てみてください。
友人からの
ほんのわずかばかりの
記念の品になればいいな…と思います。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
大中臣能宣:921年〜991年8月(享年71)。
三十六歌仙。
村上天皇、冷泉天皇、円融天皇、花山天皇に仕えた。
973年、伊勢神宮祭主。
951年、「梨壺の五人」に選ばれ、
『万葉集』の訓読、『後撰和歌集』の撰集に携わる。
母娘二代の伊勢斎宮、徽子女王とその娘(規子内親王)とも
交流があった。
ゐなか:都から離れた所。地方。(接頭語のように用いて)野卑・粗暴・下品な意を表わす。
あき:7月から9月
あく:閉じていたものが開く。あく。隙間ができる。空間が生じる。時間的に空きができる。官職に欠員が生じる。物忌みなどが終わる、あける。
あく:十分に満足する。飽きる。いやになる。
きり:霧
きり:区切りをつけること。
きる:断ち切る。切断する。決める。決定する。期限とする。
きる:着る。身に受ける。こうむる。
たつ:立ち上がる。現れる。たちのぼる。飛び立つ。出発する。旅立つ。はっきり見える。時間が過ぎる。高く響く。評判になる。置いてとどまる。位する。位につく。切れる。さえる。喧嘩をする。設ける。設置する。評判をたたせる。
たつ:切り離す。断ち切る。習慣などをやめる。布を切る。
旅衣:旅行用の着物。旅で着る衣服。
たび:旅。
だび:荼毘。
ころ:女性や子どもを親しんでいう語。
ころも:衣服。僧服。
ころ+も:女性や子どもが喪に服している。
おく:起き上がる。立ち上がる。目覚める。寝ないで起きている。
おく:露や霜がおりる。置く。据える。設置する。さしおく。ほおっておく。間隔をおく。隔てる。あらかじめ〜する。
おき:沖。心の奥底で。
おき:赤くおこった炭火。薪などが燃え終わり、炭火のようになったもの。
きて:着て。来て。
みる:目にする。見て判断する。対面する。経験する。試みる。夫婦になる。世話をする。
みゆ:見える。目に入る。来る。現れる。思われる。感じられる。見かける。見なれる。人に見せる。人に見られる。人に会う。結婚する。
つゆ:水滴。露。わずかのこと。少しのこと。儚さ。もろさ。涙。袖括りの紐の先。
ばかり:〜くらい。〜ほど。〜ころ。〜だけ。〜ばかり。
なる:生まれ出る。生じる。実ができる。実る。
なる:成立する。成就する。変わる。変化する。落ちぶれる。達する。おいでになる。おなりになる。おでましになる。
なる:衣服が体に馴染む。よれよれになる。着古す。使い古す。くたびれる。
なる:生計をたてる。営む。
なる:慣れる。習慣になる。慣れ親しむ。打ち解ける。なじむ。
かたみ:遺品。記念。
かたみに:互いに。かわるがわる。
かた:方向。方角。場所。部屋。方面。方法。手段。片方。組。ころ。時分。お方。
かた:絵。模様。形跡。痕跡。占いの結果。しきたり。形式。
かた:肩。鳥の翼の付け根部分。
かた:干潟。入り江。
かたし:壊れにくい。固い。厳しい。強い。
かたし:難しい。容易ではない。めったにない。まれである。
とも:友人。仲間。従者。連れ。
とも:たとえ〜ても。仮に〜ても。いくら〜ても。〜ともよ。〜てたまらない。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
能宣集