《新古今和歌集・巻第九・離別歌》
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浅からず契(ちぎ)りける人のゆき別れ侍りけるに
紫式部
北へゆく雁(かり)のつばさにことづてよ雲のうはがき書き絶えずして
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
心浅くなく姉妹の約束を結んでいた人が
行き別れました時に
紫式部
北へ向かって飛ぶ雁のつばさに託して、
便りをしてくださいよ。
雁は、絶えず雲の上を掻いて飛ぶのですが、
そのように、あなたも、絶えず書いて。
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✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;軽くない約束(=姉妹の契り)をしていた人が
(西海へ)行くので、別れることになり、
歌を詠みました。
(姉を失った作者と
妹を失った女性が姉妹の契りを結んでいた。)
作者;紫式部
(あなたは西の方角に
引っ越して行かれます。)
どうか、
(私が住む)
北の方角へ飛んでいく雁の翼に
私へのメッセージを
ことづけてほしいよ。
あなたは遠くに行ってしまうので
私の心には
雲がかかったかのようです。
涙でぼやけて
気持ちが晴れません。
私の曇った心を晴らすよう、
手紙を書いてください。
私との音信が
まったくなくなる、
などということがないようにしてください。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
紫式部:生没年不詳。973年〜1031年という説がある。
中古三十六歌仙。女房三十六歌仙。
1006年〜1012年頃、一条天皇の中宮、藤原彰子に仕えた。
あさぢ:荒地などに生えるイネ科の雑草。
あさし:浅い。まがない。思いやりや愛情などが軽い。薄い。考えが足りない。情趣が劣る。平凡だ。色や香りが淡い。うすい。身分や位が低い。
ちぎり:約束。いい交わすこと。前世からの約束。因縁。宿縁。夫婦の縁。男女の結びつき。
ちぎる:引き切る。さかんに〜する。強く〜する。激しく〜する。
ゆく:赴く。出かける。その場所を離れる。立ち去る。通り過ぎる。通過する。雲や水が流れる。流れ去る。年月が過ぎる。経過する。死ぬ。亡くなる。逝去する。気が晴れる。心が晴れる。満足する。〜続ける。ずっと〜する。しだいに〜していく。
いく:どれほど。どれくらい。
いく:生命が永久で生き生きとしているとして褒め称える語。
いく:生きる。生存する。生き長らえる。助かる。花などをいける。
いく:行く。赴く。立ち去る。通り過ぎる。
わく:区別する。判断する。別々にする。区切る。分配する。押し分けて進む。
わかる:別々になる。分離する。離別する。死別する。
きた:北方。北風。
く:来る。訪れる。行く。〜続けている。ずっと〜している。〜始める。しだいに〜になる。だんだん〜てくる。
かる:枯れる。干からびる。干上がる。涸れる。
かる:離れる。遠ざかる。間をあける。隔たる。足が遠くなる。疎遠になる。よそよそしくなる。
かる:草などを切り取る。
かる:借りる。
かる:追い払う。追い立てる。馬などを走らせる。
かり:雁。
かり:山野で鳥獣などを捕えること。特に、鷹狩り。花や木などを鑑賞すること。特に、桜狩りや紅葉狩りなど。
つばさ:翼。
ことづて:伝言。ことづて。
くもる:雲が空を覆う。光や色がはっきりしなくなる。艶がなくなる。くすむ。涙でぼやける。暗い気持ちになる。心がふさぐ。心が晴れない。
くも:空の雲。雲のように見えるもの。心が晴れないこと。心の憂い。うっとおしいこと。火葬の煙。死ぬこと。
かきたゆ:(音信などが)まったくなくなる。(消息などが)ぷっつり途絶える。
かく:馬に乗って走る。
かく:破損する。傷つく。不足する。抜かす。もらす。おろそかにする。
かく:肩にのせて運ぶ。かつぐ。
かく:こちらから〜する。〜しかける。〜仕向ける。
かく:吊り下げる。ひっかける。関係する。二つの地点をつなぐ。橋などをかけわたす。思いをかける。覆う。かぶせる。水などを浴びせかける。兼任する。対比する。話しかける。情愛をそそぐ。思いをかける。火をつける。捕える。だます。ある期間にわたる。大切なものを託す。目標にする。関係づける。
かく:こする。ひっかく。つまびく。髪をとかす。刃物で切り取る。引っ掻くようにつかまる。とりすがる。食べ物をかきこむ。
たゆ:切れる。途絶える。やむ。絶命する。離縁する。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
『紫式部集』によると、
姉を失った作者と妹を失った女性とが
姉妹の契り(約束)を結んでいたが、
それぞれ遠い所へ別れて行くことになった、
その時、よそながら別れを惜しんで、
西海へ行く女性の方に詠んでやった歌。
中国前漢の蘇武が、
匈奴(きょうど)に使者として行き、捕えられていた時、
雁の足に手紙をつけて漢朝に送ったという故事による。