《新古今和歌集・巻第九・離別歌》
858
題知らず
伊勢
忘れなん世にも越路(こしぢ)の帰山(かへるやま)いつはた人に逢はんとすらん
☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆
題知らず
伊勢
わたしが別れて去ったら、
わたしを忘れてしまうであろう世に、
まあ、越路にある帰山や、
五幡(いつはた)の地の名のように帰ってきて、
いつまた人に逢うことであろうか。
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✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
(※『和歌コード』とは、
直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。
この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った
しじまにこのオリジナル訳です。)
題詞;題はつけないでおきます。
作者;伊勢
(愛した人は)
今頃、私のことなど
忘れているのでしょう。
北陸道を越えて、
帰山を引き返し、
いつ、五幡(いつはた)に現れるのでしょうか。
あなたは
いつかまた
気が変わって
懐かしい私に逢おうとするでしょうか。
私たちはまた、
逢うことができるのでしょうか。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
伊勢:872年頃〜938年頃(享年66前後か)。
三十六歌仙・女房三十六歌仙のひとり。
はじめ、宇多天皇の中宮、温子に女房として仕えた。
藤原仲平・時平兄弟や平貞文らと交際。
その後、宇多天皇の寵愛を受けて皇子を産むが、その子は早世する。
その後、敦慶親王(宇多天皇の皇子)と結婚。中務を産む。
伊勢は温子に仕えていた。
温子が入内した888年以降、仕えたとすると
約20年になる。
二人の間の贈答歌が多数。
また、温子の死を悼む哀悼歌も多数。
たい:からだ。ありさま。様子。本体。本質。
たい:対等であること。優劣がないこと。
だい:位や家督などを継いだ順序。
だい:大きいこと。多いこと。広いこと。
だい:位や家督を継いでその地位にある期間。天皇の御代。代わり。代償。代理。
たいし:皇太子。
だいし:菩薩。出家した女性。高徳の僧。
だいじ:重大な事件。大事件。出家すること。たやすくないこと。大切なこと。手厚く扱うこと。菩薩の大きな慈悲。
しらず:わからない。検討がつかない。〜はともかく。〜はいざしらず。
わす:いらっしゃる。おいでになる。
わする:意識的に忘れる。自然に忘れる。
なむ:南無。仏を信じ、それに帰依すること。
なむ:一列に連なる。並ぶ。
なむ:いまごろは〜だろう。〜ているだろう。
む:無。
む:〜う。〜だろう。〜よう。〜がよい。〜ませんか。〜ような。〜としたら。
よ:現世。御代。治世。一生。生涯。寿命。世間。俗世間。時節。男女の仲。夫婦の仲。生活。暮らし。
よ:余り。以上。ほか。
よ:私。
よ:夜。
こしぢ:北陸道の古称。
こし:濃し:色や味が濃い。紫や赤が強い。濃厚だ。愛情や関係が深い。
こし:来し:来た。
こし:腰:腰。着物の腰にあたる部分。腰紐。山裾。障子や乗り物などの中ほどより下の部分。和歌の第三句の五文字。
こし:輿:乗り物の一種。
こし:越:北陸の国名。
こず:来ない。
こす:越える。上回る。まさる。追い越す。行く。来る。年を越す。
ごす:将来のことを考えておく。あらかじめ定める。予定する。予期する。将来に希望をもつ。期待する。将来のことを覚悟する。決意する。
帰山:福井県南条郡今庄町二ツ屋から敦賀市杉津への北陸道の山路。
かへる:元の場所に戻る。引き返す。立ち返る。年や季節が改まる。色褪せる。裏返る。ひるがえる。ひっくり返る。くつがえる。孵化する。すっかり〜する。ほとんど〜しそうになる。
やま:山岳。比叡山。築山。墓地。天皇の陵。多く積み重なっていること。山鉾。憧れたり仰ぎ見たりするもの。頼りにするもの。物事の絶頂。物事の最も重要な段階。
いつはた:五幡。敦賀市にある昔の官道の地名。
いつはた:いつまた。
いつ:凍りつく。いてつく。
いづ:出る。現れる。出発する。人に知られる。離れる。逃れる。〜始める。
いつ:どの時。いつ。いつも。ふだん。
はた:はし。へり。ほとり。そば。
はた:二十。
はだ:皮膚。物の表面。きめ。気性。気質。気立て。
ひと:人間。世間の人。大人。立派な人。人柄。性質。身分。他人。あの人。従者。あなた。
あふ:耐える。持ち堪える。差し支えない。大目に見る。完全に〜しとげる。終わりまで〜しおおせる。どうしても〜することができない。
あふ:出会う。対面する。来合わせる。うまく出くわす。あたる。適合する。男女が関係を結ぶ。ちぎる。結婚する。相手になる。立ち向かう。対抗して争う。
あふ:ひとつになる。一緒になる。一致する。調和する。釣り合う。似合う。一緒に〜する。互いに〜しあう。
あぶ:(水、湯、光などを)浴びる。
らむ:今ごろは〜ているだろう。どうして〜のだろう。〜とかいう。〜ような。
む:〜だろう。〜よう。〜がよい。〜ませんか。〜ような。〜としたら。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
『伊勢集』に、
初句「忘れなば」。
別に、第一・二句「忘れてはよにこじものを」とも。